翻刻
嘔吐泄瀉(アフトセツシヤ)の汚(ケガラワ)【木偏に亐ヵ】しき間(アイタ)に食(シヨク)を求(モト)めん
や瘧鬼(ギヤクキ)にこころあるにあらす病者(ビヤウジヤ)に
心あるなり朝鮮(テウセン)の南秋江(ナンシウコウ)が鬼(キ)《?:神(シン)》
論(ロン)に瘧病(ギヤクビヤウ)は世の人 炎帝(エンテイ)の子(コ)此《?:鬼》
になれりとす是(コレ)則(スナハチ)鬼(キ)にあらず寒(カン)《?:熱(ネツ)》
調(トヽノワ)ずして五内感傷(ゴダイカンシヤウ)するときは此《?:病》
あり往来(ワウライ)の方士(ハウシ)ども是(コレ)を威(ヲド)し《?:是》
を逐(ヲフ)て免(マヌカ)るゝ事を得(ウ)る者あ《?:り》
高力士杜子美(カウリキシトシミ)以来皆(コノカタミナ)しかり独鬼(ヒトリキ)あるにあ
らず鬼神(キシン)の誠(マコト)は天地にあつて漾(ヨウ)々として
充満(ジウマン)し水の地中にあるかごとくたとへば
鬼神人を禍(ワサハイ)し病(ヤマイ)をなさしめばいつれの
所にか避(サケ)ん哉(ヤ)鬼神は二 気の良能(リヤウノウ)にして
もし鬼神なき時は四季の差別(シヤベツ)もなく
万物(バンモツ)生する事を得(エ)ず天地の間に充満(ジウマン)せり
然れは是をおとすの逐(ヲフ)のといふ事はなし