翻刻
見へて或人立花細川殿ゟ被申越候夜打出 鉄炮をかけ
毎夜用心致し候故ニ夜打出候はぬと物かたり候へは井伊掃部殿
それは武道の心懸違ふ様に覚へ候古今城攻致すもの何とそ
して城中のものをおひき出す様ニ内用心を致し静りかへり
て夜打出ては好む処と付入に致さん為に心懸何卒夜打にも
昼打にも出候様致すこそ本意なるに夜打うたれぬやうに
するは手前計の用心かと被申候へは各尤と被申つる
一 同時夜打死人共腹をわけて食事を致候哉と穿鑿候へは胡麻
大角豆なと食ひ候と見へて飯は喰候体無之候定て城中兵糧つ
まり候はんと各被申越候へは武道不僉儀用かましきとて各笑也
一 上使衆大多有程一所ニ集り先を見つくろい候はて跡ニ而下知致され
候事天下の取沙汰也上意御掟はたとひ打死と思ひ候ても必々聊爾【いい加減なこと】
無用と先懸無用と御押へ有る事也此道は君命をうけす父子の
礼を忘れ親しきをだしぬきたる道なるに常の上意と心得ら
れ候哉と人々取沙汰申候諸侍日頃律儀ニ首尾相応言葉の末
も偽無きやうニ嗜み候へは此武道の時抜懸せん為也武略と言
は是也謀計共云也君命を受けすと云は聊爾のならぬ大事の
道なれは必君命をうけたかり控【扣】へたかるによりて古今戒めを
く也卒忽聊爾にしてしすませは手柄しそこなへは死候故ニ
謗を聞ず候也宣命を給はる日三ツの心得大将にあると云
は宣命を給はる日身を忘れ家を出る妻子を忘れ戦に向て
命を忘るといふ事定りたる法也今度の大将衆出来大名故
其道知らさる由批判事外也
一 嶋田弾正町奉行の時公事さばきの為に公事の品々の趣【裁判の様々な事情】を集
現代語訳
見えて、ある人が「立花・細川殿より申し越されたのは、夜討ちが出ると鉄砲をかけ、毎夜用心しているので夜討ちが出てこない」と物語ったところ、井伊掃部殿は「それは武道の心がけが違うように思われる。古今城攻めをする者は、何とかして城中の者を引き出すよう内で用心をし、静まり返って夜討ちが出るのを好む所と付け入りにしようと心がけ、何とか夜討ちにも昼討ちにも出るようにするのが本意であるのに、夜討ちを討たれないようにするのは手前だけの用心か」と申されると、各々もっともだと申した。
一 同時に夜討ちで死んだ者どもの腹を割いて食事を調べたところ、胡麻や大角豆などを食べたと見えて、飯を食べた様子がないので、きっと城中の兵糧が尽きているだろうと各々申し越されたが、「武道を理解せず用心深いとして」各々笑った。
一 上使衆が大勢いるほど一か所に集まり、先を見定めることもせずに後になって下知をされることは天下の取り沙汰である。上意の御掟は、たとえ討ち死にと思っても必ず聊爾は無用、先がけは無用とお押さえがあることである。この道は君命を受けず父子の礼を忘れ、親しい者を出し抜いた道であるのに、常の上意と心得られているのかと人々が取り沙汰申している。諸侍は日頃律儀に首尾相応し、言葉の末も偽りがないように嗜んでいるのは、この武道の時に抜け駆けするためである。武略というのはこれである。謀計ともいう。君命を受けずというのは聊爾ではない大事な道なので、必ず君命を受けたがり控えたがることにより、古今戒めを置くのである。卒忽聊爾にして失敗すれば手柄を失い死ぬ故に謗りを聞かないのである。宣命を給わる日に三つの心得が大将にあるといわれるのは、宣命を給わる日に身を忘れ、家を出て妻子を忘れ、戦に向かって命を忘れるということが定まった法である。今度の大将衆は出来た大名故にその道を知らないという批判が甚だしい。
一 島田弾正が町奉行の時、公事裁きのために公事の様々な趣を集め