翻刻
年に省らず其上今年は正月より四月迄の間大城近く船をとどめ折
々は上陸などしてよろす我儘なるよしなれど公よりは平穏に
取扱ふべきよし度々仰出されければ諸家の人々むなしくにら
見ゐるの已にて只費へはいくばくと来事を知らず是が為に
大阪より江戸へ下す金の多ければにや壱両之價七拾目余六十二三匁なりしを
になれり夫のみならず卯月七日の正午の刻仙洞御所御構之内
芝御殿といへるより火出て風はなく穏なる日なりしかどしばしが内に
禁裡をはじめ奉り内侍所仙洞女院准后の御殿をはじめ御築地
内なる安殿は本よりにて其辺の公卿の御館まで未の下りまでに
残りなく煙と立登りその末中立売【売の旧字賣】下長者町之氏家に靡
きひた押に焼ゆき西ハ千本通にて明る八日の朝漸く鎮まりぬ昔天
明といへる年の炎上は程土遠き鴨川の東ゟ火出し洛中を焼いて
其名残九重に及しかば奉り仕ふる人も時うつる間にその心かまへ
セしかどこたびは御築地の隔はありといへどもはひわたる程
なる殿より出し火にてわずかに一時が程にさばかりの殿舎亭宅
残りなく灰燼となりしこといかなるさとしにやなどかたむき
思ふ人もありきかく江戸は夷船にて騒々しく都ハ内裡炎
上にて皆人恐れかしこみぬれど大阪は異る事もなくて五月に
至り先に記セしごとく不順の気候にて悩める人多かりしも
六月には大方本に復し十三十四六月の両日ハ此程に替りて暑さもま
りぬるはけふより六月なれバなといひあへりしに其夜子の刻過
る頃戌亥の方よりとも辰巳よりともさだかならねどドヲウ〳〵