翻刻
案じ居ける内寅の刻頃になりたれば西風お【右にたか】ちて又元の如く快晴れば
人々安堵の思をなしけり我々も荷物にもたれて一夜を明したるは
誠に一夜を千夜の心地せり夜明け迄に五十度も震動せり
同五日晴暖気夜明ても更に食物の心當りもなく串柿も夜
中喰尽しぬれバ今日はいかゞせんと互に顔を見合せおるに粥を
煮しとて呼に来り又隣りなる糠屋より雑炊出来しゆゑ来るべしと
あれバ又ゆきて馳走になりぬ主人此味噌は五日前につきたる味噌なりと
いへども風味甘露之如くおほゆ不断美食を好みしは実に奢之
沙汰なりとおもひ當りぬ食物なきほどかなしきハなし巳の刻頃よ
り町々を見物するに府中はすべて駅家造りなれバとも押に押れ
て北へ傾くあれバ南へたふるゝあり瓦庇はこと〴〵く大道へ落て
角々の家は三四軒づゝいつれの町にても潰れぬ柱ハ多く平ら物の
ほぞ穴より折れて二階だけ切下し如く見ゆるもあり其余も五軒目
七軒目には五軒又ハ十軒あるひは廿軒も皆潰れになりたるもあり
寺院ハいふ迄もなく土蔵ハ土瓦ともふるひおとし柱のみたてり無
難に見ゆる家とても障子ハ弓の如くなり間毎〳〵紙は破れて
一軒少しも戸障子の自由なるはなし呉服町通より御堀端へ
出れば御城の石垣四方とも五十間又ハ百間宛も崩れ落て残る所
は纔なり大樹之松榎など根くるみに倒れて御|城(堀カ)へよこたはり
御門〳〵の屋根ハ崩れて大手に山をなす此あたりの道は五六
寸宛も幾筋も地裂けて青泥を吹出し御堀のモズはあぶれ揚が
りて大道沼之如く水道邊の家倒れて水道をせきて往還