翻刻
海之如し御城を東北へまはりて鷹匠町高須出へ尋ねゆき所
此家も潰れて片隅なる薮に小家をかけ居られけれバはからずも
磯田の世話になりて禮を申けれバ至極まめやかなる志の人にて
伊勢の荷物を預りし故心丈夫なりとて懇ろにあしらはれぬ此人に
咄をきくに御城内こと〴〵く潰れたりとぞ御加番御屋敷ハ
御堀の外なるは玄關潰れ又ハ長家傾き或ハ引ちきりし如く半
分残りしもありて見る程恐しく覚ゆ未時過にもなれハ又幸町へ
帰る伊勢本より下男来りて玄米を焚し如き飯と糠漬の大根を
飯横に入れて持ち来り今朝より心配致しぬれど食物の売買た
えてなく漸只今近在より見舞ニ囉ひける故取あへず持て
来り候といふ是にてハ今夜の支度には足らされバまた夕べ
迄には食事の用意して持来らんといふ故うれしく覚えぬ尚
ふとんの壱枚もなくてハ今夜をあかしかたくとかたりけれバ夫も
後迄には調ふべしとて帰りぬ糠屋よりも大根のにしめ伊勢舎
よりも大根豆腐の煮物など到来しけれバ皆々安心すほど
なく蒲団三枚翌朝迄の飯に取蒲鉾三ツ沢庵漬をそへ
て持来りけれバ前夜には引かへ寒さも少しは凌き安けれとも
一畳にも足らぬ板戸の上に三人居る事なれハ夢も結ばずたゞ
夜の明るを待わひぬ今日も一昼夜に三十度も震動せり二三里さ
きにて大筒を打ごとく又立臼を地へなぐる如き音する也音して直
にゆり出すは裂しく音して暫ありてゆり出すはかろし雷鳴の稲妻の
ことく始めて地震ハ地雷なる事しりぬ