翻刻
より放つを見て好めるものも情なりと感心し給今日に至りては所の
者も食なく道にて米を搗き騒動大方ならず今夕御触出し有て
明朝より御救之粥被下候由土地之人さへ時々の食事もせぬに旅
の身の飢にもあはざるは近隣の人の情けと伊勢本のまめなる心
によれり実にありかたくかたちけなし亀屋よりも大根漬をおくらる
此亀屋といへるはわか居る所之巽之裏に感応寺といへる日蓮宗
の寺内へ立退けれとも夜に入ば死人を墓所へ葬るあたり近け
れば又我々か居はる蕪畑の北隣へ障子なとにて居所をこしらへ
引越ぬ死骸を取おさむるにも葬式もなく身よりの者の壱
両人もつき添て墓所へ埋るのみ其所へ立合導師之僧も仏具
なければ念仏或は題目をとのふるのみ牛馬の死せしにも劣りて
みるにしのびさる事なり町内怪我せし人を尋るに伝馬町斗りに
ても五十六人即死せしよし府中にては二百人にも余りぬべし其余
怪我せし人は幾人ともなく予まのあたり見たり別して哀に聞
しは清水尻といふ所に長嶋某といへる同心にて手習師匠あり居
宅稽古所潰れて門弟三十人余も即死六十人斗りも怪我せしと
ぞ伝馬町にても十六才になる女子懐胎にて横物にうたれ頭を二ツ
に割たり或は弐三才なる小児を負し婦人其儘に焼死し親子
共頭ハ焼失し骸許残居ける抔聞たびに哀を催しぬ去四日予
地震後両替町を通りかゝりしに三十四五才になる婦人足袋許りにて
かけ来り予が袂をひかへてわらはが忰九才になりしが手習に遺し
おきしに棟木にうたれ大疵を蒙りけれども此騒動にては医