翻刻
はづれ迄にゆくに焼失せし町々は灰と瓦のみとなり土蔵もふ
るひ落したる跡にて火事なれば悉く焼たりたまさかに藪陰
などに残れる土蔵五六ヶ所も見ゆれど前にいへる如く柱斗也宝
泰寺門前抔はすこし残り居ける家もあれど悉く倒れて焼亡
せしよりし哀なり夫より住吉の社内を通りぬけ小将井社の
前に来れば社地へ竈をつくり此所にてお救の粥をたまふよし
にて駿府中の男女貴賤の分ちなく手に〳〵飯櫃或は水桶
又は豆腐箱抔さげて集り来る者幾千人ともしらず社内は人
の山をなして子供などは踏倒さるゝもあり中には乳のみ子
を脊におひ下駄かた〳〵草履かく〳〵などにて粥をいたゞき
ゆく婦人を見うけぬけふになりてもはき物さへとゝのはぬにや
哀なる事也伊勢木の下男昼飯の用意とていなだの切身大
根漬夕飯より明朝迄の料とて大根の煮〆持来る亀屋よりも
沢庵漬贈らる予夕飯は伊勢屋にてふるまはれたり暮六ツ時
より西風ふきさむし是まで雨露を凌きし所は風囲もなく
狭けれバいせ屋の家内気の毒がり最早地震も格別の事はあらじ
裏のはなれ座敷に止宿すべしとねんごろにいひくれけれバ予一人止
宿す此家の老人は今年八十才健なる人にて家号を伊勢屋とい
へば伊勢にはゆかりありてお宿を申も 大神宮をお宿申意に
て心丈夫なりとて同じく此所に臥し夜の物綿あつく八畳敷の座
敷なれば漂流せし船の陸地にあがりしもかゝる心地ならんといと
うれし吉と猶蔵は荷物をまもりてもとの所にて夜を明す