翻刻
長逗留になり家も大勢なればいかにも気の毒なり荷物斗を慥に
預け置今夜より此方へ来るべしと談じて高須氏へ帰る程なく小
付斗り携へて暮六ツ時に来り同居予伊勢屋平治郎仮小家へ
咄に行しに織屋七蔵という人居あひ此人の咄に我方は織屋にて織物
商売なれば二十七人暮しなるが幸一人も怪?我せしものなく居宅もさ
して破損したる所もみえず全く 大神宮の加護なるべし某は
織屋相談に参りし者にて吉原の産なり実家は年々伊勢のお
祓宿なるが夫故ならむとて殊更にもてなしければ古郷の人に逢
ぬる心地して少しはうさもうちわすれぬかく不思儀に逢ぬる上
は此後参宮せん時は必す尋ねむといひて夜五ツ時に別れぬ間も
なく火事よ〳〵と呼はり早拍子木打て騒かしければ出て見るに
火も見えねど唯声のせして程なく静まると思へば感応寺の此方にて
盗賊来りしと呼はるにぞ手に〳〵に提燈棒など持て尋ぬれども
寺の藪へ逃込しなどいひて行方しれずなりぬ今夜は磯田と予
二人は伊勢屋の裏座敷に泊る五十才斗りの女先へ臥居たり尋
ぬるに三里斗り山家の者にて此夜の下女の母なるよし地震沙汰
にて娘の身の上心元なく飛か如くに尋来りしか無難なれば
今夜こそ心能臥ぬれけふ迄は夜か昼の分ちなく喰ふもの
さへ通らずとの物語に有かたく覚へ親のなき身をなけくのみ
山家辺はさしたる事もなけれども山より大石転ひ落ちて人
家微塵にせしなども所ゝにあるよし承るけふは震動ハせざる様に
覚えしか夜四ツ時より九ツ時迄八度斗りも震ふ其跡は心よく臥