翻刻
片付けせし日雇など危ぶき命を助かりしとぞされは容易に歩行
もなりかたしと伊勢屋の裏座敷に日を送りぬけふは此家に居風
呂を焚しゆゑ十日目にて入湯人心地になる昼の内五六度も震動
夜に入九ツ時迄四度震ふ暮六ツ時より風落ちて寒く連夜の火之
番にて人々聲もかれ拍子木金棒の音のみ聞えて夜もおひ〳〵に
静になりぬ去る二日夜当所上町まち茶屋に相対死あり仔細を尋
るに男は遠州横須賀之産素麺商売にて母壱人ありとぞ女は
当地通町鍛冶屋の娘にて袋井に年季奉公せしよし同所にていひ
合せ婦人の旧里を心あてに缼落伝馬町に宿を取夫より二丁目なる鈴
木屋といへる茶屋へ酒飲に行しか追手来りて引わけ連帰らむとせ
しゆゑ女を差殺し自分も死なんとせしなれども血迷しにや咽を突
し斗りにて半死半生なり早速三日朝遠州へ早飛脚にて送りけれバ
横須賀侯よりも御役人上下十人出張なりしかはからづもかの地震にて
止宿もなければ我居し伊勢屋の表二楷に逗留此男なとハ地震
の節うたれ死なバ助るべきに日々疵口平癒して死んともせざりし
かばきく人壱人りの母を捨し天罰ならむさるにても儘ならぬは世
の中などいひあひぬ漸【右に去】十一日男も死しければ事済になり今十四日横須
賀の役人も帰国になりぬ鈴木屋といへる茶屋ははしめての家にて酒代も
とらず迷惑なることぞときゝぬる【右に(十三日)】昼夜にて三度震動此頃にては人
々は少しも【右に、はか】馴れて恐るゝ気色もなく自然の覚悟にあら事なり
一同十四日晴寒風馬提燈も荷をかへしたる時破れたれば蛇腹求め
印を書て油をひきに遺したれば馬提燈出来せり下りの方より