翻刻
せしもよかりしと悦ひぬ今日に至りてもわらんじ馬の踏などは売
買まれにして直段日頃に倍せり間の宿などは並木の松へ小家掛して
ならび居菓子抔売れバ開帳場の如く見ゆ馬士も追分節を唄ハず往
かふ旅人さへ一ト口浄瑠理をかたらねば東海道の心地ハ更らになし只四日
は何れにて地震に逢ひその時ハとやせしかくやせしなどの咄のみに
て過行は同じ人情也沼津のお城も悉く潰れ漸く北端の隅櫓
のみ残れり虎屋の女房の咄しに此所より二丁南の濱は六七尺斗
なる松原なりしが其松は十町【右に余】程も沖に梢のみ見え元松原なりし
浪打際は三丈余も堀て眞水湧出るよし此頃魚に出んとすれど
も舩のおろし様なく難儀に及ぶとぞ今日原駅にて甲府より
来りし上方の商人の咄に甲州邊も余程の地震なりしか駿河国
程の事はなししかし甲府柳町八日市場抔いへる所は当春出火し
て漸く普請出来上りし處なるに悉く又潰れたりとぞ此間府中
にて逗留の中の咄しに遠州城之浦腰浦といへる所の者押送舩
へ五人乗にて下田へ鰊買に行しか不計大津波にて見る内に船ハ山へ
押上られけれバ一生懸命にて舩より飛下り木の枝へしかみつき後を
見れバ舩はいづれへ行しや知れず漸く五人とも命助り直に帰り来
りしとぞこの舩人にあひて聞し人の咄しなり一両日は地震もゆらざ
る様に覚ゆ
一同十九日晴天夜の内より支度してまてども馬来らず其内に長
崎奉行原泊りにて長持人足の唄など聞ゆれバ心いさましく夜前
虎屋にて米田専吾に出合しに是も四日当所着間もなく大震にて