翻刻
暫しの間少し賑しかりき良あつて又潮来るぞと流言するものありて
諸人大に恐怖し周章して又山河に逃げ走る事前之如し此より妄【"妄"と添え字あり】
説頻りにして老幼婦女は申に及はず浅智之輩大に迷ひ昼夜震慄し
て山に停る事数日なり扨壮夫迚も恐れざるにはあらねども遉か家財
も惜まれて家主一人廬外に留守居し莚曳纏ひて風寒を凌ぎ薦覆
ひて霜露を防禦し徒然として護り居るなれば人曽て往来するなく
旦日の光りも自ら朦朧たる気色に見え唯寂寥たる形容は所謂苫
に寝ね塊を枕とせし諒闇の昔も斯くや憶る《割書:如斯こと五六日なり予今日|始めて家内に入り倒れ散》
《割書:りたる障子からかみ等取除け見れば壁崩墜し棚落ち塵埃座中に満布して煤払之期に|彷彿たり器物破れ砕けたるを拾ひ捨て荒掃除し出て隣里を訪ふ夜は外に宿す》
一七日震すること五十三度昼暖夜寒 《割書:昼二十四度四ツ時太長し|夜二十七度八ツ時太し》
初め震ひし時混淆たる河水漸くに今日に至りて清澄たり《割書:予今朝家|に入り掃》
《割書:除して神を祭り老若皆初めて高所停|りて飲食す夜は門外に隣家倶に寄集屏風など立廻し宿す 》
一八日震ふこと四十一度昼暖也震勢漸に微弱【"小"の添え字あり】なり
《割書:昼十六度二度強し|夜二十五度以上》
最初之夜津波来るとて諸方に 逃去せしことを聞伝ふるに近隣のみ
ならず遠く山分に至りても皆高峯に逃け登りしとかや《割書:鎌井田片岡|佐川黒岩》
《割書:横畠|辺迄》是初めは海辺にて潮来るを見て云へることの伝え継で聞
や其儘何の弁もなく周章騒動せる也後に覚悟し臍をかみしと
かや此れ所謂一丈其形を吼れば万丈其声を吼るの喩へに等しく
思ひあへり
片岡佐川辺は七日新別柳野辺は八日掻動せし由柳野村尾川某云へり予今日始めて
沐浴し産土之社に詣で今度之除災之恩を賽し次に菩提寺に参り先祖の霊に
無難の由を告し夫より墓所に行く石碑過半倒れ其外も皆傾き偏りけるを悉