翻刻
暖なるさへ常には変ると思ひしに其前夜より星の光大きくして
昴参(ツキカサ)の中の糠星と呼んで小星迄も鮮明に見え鳶啼き烏騒
ぎ雉子の声音大かた地震の兆と人々にも告げしが果して其翌晩
大地震ありけり豫て期したることなれば我身は恙なかりしも家財
は又悉く焼失ひ此所にも住難く江戸へ参上りて斯く給仕申候ひつ
る也然るに此一両日【右に前脱カ】より空の景色常に変り信濃にて有し趣に似
たれば地震の前兆にもや有せんと申候也とそ語りける此老人か面(マ)の
あたりの経験いみじき事と主人を初めて皆褒めにけりとかや
時雨廼神巻より秡翠
一 銀鶏云 おのれ当年住する所の庭に桃梨桜の三本あり然るに九
月十八日より廿四日迄誠に花盛りにて諸人皆奇異の思ひをなせり又近所
の農家に梅の鉢植【旁は誤】を三ツ四ツ所持せることのあり此梅悉くつぼみを
持ち九月下旬に花盛りとなれり 又九月廿七日天神橋の手前の川
側を通りけるに土手の上に|蒲公英(タンポポ)の開けるなり又十月十四日朝庭前
にて口嗽ぎ何心なく芝を見れば枯芝の中に青き物見えける故眼を
止めて能々見れば土筆の穂なり是はけしからぬ早き事かなと思ひつゝ
其穂の上へ枯草など覆ひて霜を除け成育させんとの下心なりしが夫
より四五日立ちければ其道悉く土筆の頭を出し現に入寒の前日之を