翻刻
一 大正十二年八月僕は一遊亭と鎌倉へ行き平野屋別荘の客となつた僕
等の座敷の軒先はづゝと藤棚になつてゐる其藤棚の葉の間にちらほら
紫の花が見えた八月の藤の花は年代記ものであるそればかりではない後架
の窓から裏庭を見ると八重の山吹も花をつけて居る
山吹を指すや日向の撞木杖 一遊亭
(註に曰 一遊亭は撞木杖をついてゐる
其上また珍らしい事には小町園の庭の池に菖蒲と蓮と咲き競つてゐる
葉を枯れて蓮と咲きける花あやめ 一遊亭
藤山吹菖蒲と数えて来るとどうも是は只事ではない(自然)に発狂の
気味のあるのは疑ひ難いこと【右に事実】である僕は爾来人の顔さへ見れば(天変地
異が起りさうだ)と云だ併し誰も真に受けない久米正雄の如きはにや
にやしながら(菊池寛が弱気になつてね)抔と大いに僕を嘲弄したもの
である
僕等の東京に帰つたのは八月二十五日である大地震はそれから八日目に起つた
(あの時には義理にも反対したかつとけれど実際の予言は中つたね)
久米も今は僕の予言に大に敬意を表して居るさういふことならば白状
しても宜い 実は僕も僕の予言を余り信用しなかつたのだ 以下略
弘化四年【上記塗潰し】
一 静軒居士時雨の神渡編序 安政三年丙辰四月
前略 按是歳関東梅天無雨、季秋霜少、娑牟摩魚春出、茶梅不待冬
開、震動前天熱数日、井泉往々驟湧、蓋非也、庶幾後人記以為
天地大病之経験、預戒之是為序