翻刻
此時|秘文(ひもん)を呪唱(となえ)て時雨(じう)を禁(きん)ぜざるや偽仙(ぎせん)が幻術(げんじゅつ)と天感(てんかん)の
至理(しいり)とを渾(こん)じて迷(まど)ひ繆(あやま)ることなかれ又|唐(とう)宋(そう)明(みん)に詩文(しぶん)を
称(しやう)せらるゝ|才子仙(さいしせん)の故事(こじ)を用(もち)ひ黄鶴樓(くはうくはくろう)の詩(し)に黄鶴(くはうくはく)一(ひとたび)
去(さつ)てまた回(かゑ)らずと云は丁令威(ていれいい)が橘(みかん)の皮(かわ)にて酒肆(さかや)に鶴(つる)を
画(ぐわ)したる故事(こじ)又|王質(おうしつ)が仙人の囲碁(いご)を見て斧柯(ふか)を爛(たゞら)
かしたる故事(こじ)其外|唐詩選(とうしせん)三|體詩(ていし)錦繍段(きんしうだん)明詩選(みんしせん)
七|才子(さいし)の集(しう)等に出る少からずといへども元来(もとより)奇(き)とし実(まこと)とし
て作(つく)るにはあらず往古(むかし)より云|伝(つたへ)て虚実(きょじづ)を論(ろん)ぜず詠物(えいぶつ)と
するもの多し我朝(わがてう)の三十一(みそひと)文字(もじ)にも星合(ほしあい)の歌(うた)を詠(よむ)には
天(あま)の川|鵲(かさゝぎ)の橋(はし)を京物(けいぶつ)とし或(あるい)は役(ゑん)の小角(せうかく)葛城(かつらぎ)の神(かみ)の故事(こじ)
のたぐひ又多し詩人(しじん)歌人(かじん)の弄(もてあそ)ぶは其|実(じつ)をしらざるには
あらずこと〴〵なし書(しょ)を信(しん)ぜは書(しょ)なきにしかじ詩(し)を説(とく)もの
文をもつて意(こゝろ)を害(そこなふ)ことなかれ或(ある)人云仙家の㚑薬(れいやく)仙伝(せんでん)
奇薬(きやく)など云事|薬(くすり)に不死(ふし)の縁(ゑん)をもとめて其名に可何(かなむ)らし
むるもの有されども黄帝(くはうてい)岐伯(ぎはく)を仙人の祖(そ)のことく思ふ人あり
黄帝(くはうてい)首山(しゅざん)の銅(あかヾね)を採(とつ)て鼎を荊(けい)山の下(もと)に鋳(い)る鼎(かなえ)成て龍(りやう)有
髯(ひげ)を鼎(かなえ)に垂(たれ)て黄帝(くはうてい)を迎(むか)ふ遂(つい)に帝(てい)群臣(ぐんしん)後宮(こうきう)七十二人を
ともなひ白日(はくじつ)に雲(くも)に乗(じやう)じ龍(りやう)に駕(が)し天に上(のぼ)り仙となるの
怪説(くわいせつ)より出たり神農(しんのう)百|艸(そう)を甞(なめ)て薬毒(やくどく)をわかち黄帝(くはうてい)は
民病(みんびやう)の治療(ぢりやう)を問答(もんとう)しなひしより服薬(ふくやく)医療(いりやう)の道大に行(おこなは)れ
今に至(いた)る本草(ほんそう)および黄帝(くはうてい)内|経(きやう)素問(そもん)㚑枢(れいすう)其|遺書(いしょ)なり
後世(こうせい)其|徳(とく)を高くせんとて却(かへつ)て奇異(きい)の説(せつ)となして理を
誣(しい)人を患(まどわ)す思わざるべけんやといへり其|説(せつ)に因(ちなん)で少しく
こゝに述(の)ぶ抑(そも〳〵)医薬(いやく)は唐土(もろこし)にては神農(しんのう)炎帝(ゑんてい)を祖(そ)とし我が
日本にては大巳貴(おヽあなむち)少彦名(すくなひこな)二|神(しん)醫薬(いやく)呪唄(まじない)の術(みち)を弘(ひろ)めなひ
天|竺(ぢく)には薬師(やくし)如来(によらい)を尊信(そんしん)す仁術(じんじゅつ)司命(しめい)の職(しょく)と云こと宣(むべ)也