翻刻
【上段】
○家(いへ)に帰(かへり)て腰を抜かす 越喜来(をきらい)の辺りなる松(まつ)ヶ崎(さき)の大工某と
云ふもの石(いし)の巻(まき)へ出稼(でかせぎ)に行(ゆ)き居(を)りしが海嘯(つなみ)の一日|前(まへ)母の訃音に
接せし為(た)め急(いそ)ぎて松(まつ)ヶ崎(さき)の実家(じつか)に帰(かへ)らんとする途中(とちう)高田迄来り
し時(とき)労れて気も絶々(たえ〳〵)となりたれば是(これ)ではならぬと気(き)を強(つよ)くせん
為め酒(さけ)を飲(のん)で又一走りと出(で)かけしに身体(しんたい)の労れたる上(うへ)に酔の廻
りたるものと見え延岡峠(のびおかたふげ)にて足踏みはづして茨(いばら)の中へ転げ落(お)ち
剰さへ根株(ねかぶ)の中にありし石(いし)にて頭を打(う)ち気絶して居(を)りしを通り
かゝりの人(ひと)に救はれ漸(やうや)く松(まつ)ヶ崎(さき)に向て進みたり此に又(また)大工(だいく)の家
にては母(はゝ)は死(し)したれども悴(せがれ)が遠く出稼ぎに行(ゆ)きて留守中(るすちう)の事|故(ゆへ)
今にも帰(かへ)り来(きた)るかと念佛講の連中(れんちう)集り来りて通夜(つうや)をなし家内(かない)は
人にて一杯(いつぱい)なれは小供(こども)は邪魔になるとて二|歳(さい)になる女の兒(こ)を十
一歳になる他(ほか)より貰(もら)ひたる男の子(こ)に背負(しよ)はせ何処へなりと行(いつ)て
遊んで来(こ)いと出(いだ)しやりたれば兒供(こども)は山(やま)の高(たか)き所へ登りて遊(あそ)び居
りしに其際(そのさい)海嘯襲ひ来(きた)りて小供(こども)二|人(にん)は不思議に助(たすか)りしが念佛講(ねんぶつかう)
に来り居(を)りし人々(ひと〴〵)其他家内のものは一|人(にん)も残(のこ)らず流亡(りうばう)したり斯(か)
くとも知(し)らず其跡(そのあと)へ悴の大工は帰(かへ)り来(きた)りて又々(また〳〵)腰(こし)をぬかせりと
土地の人(ひと)の物語(ものがた)りなり
●吉浜村
吉浜にては激浪(げきらう)百尺以上に達し抱囲(はうゐ)の巨木(きょぼく)半バより折(を)れて海に
向て倒(たを)れ丈余(ぢやうよ)四方(しはう)の巨巌(きょがん)崖下(がいか)に落ちて路上(ろじやう)に横はり砕(さい)波せる二
三の藁葺屋根(わらぶきやね)は山中の高処(かうしょ)まで吹き寄せられたれども其他は悉
く流失(りうしつ)して激浪(げきろう)と共に海中(かいちう)に嘗(な)め去られたるならん僅かに一二
の木片(ぼくへん)を存するのみ家屋(かをく)らしき影(かげ)も形も見えず潮流(ちやうりう)氾濫(はんらん)の痕跡(こんせき)
は樹木(じゆもく)の枯れたると藻屑(もくづ)の樹梢(じゆせう)にかゝり居るとに依て判別(はんべつ)し得
れとも海岸(’かいがん)は三四丈の高きに過ぎざるにも拘はらず両岸の入口
より家屋ある処に闖入(ちんにふ)して次第に高処に達したる其勢は斜にし
たる戸板(といた)に逆上(さかのぼ)る激浪の如く百尺以上百五六十尺にも達したる
【下段】
べく思はるゝものあり
吉浜村より越喜来に至(いた)らんとする途中(とちう)に三軒家を為せる家屋あ
り酒屋(さかや)へ三里の趣はあれども家内(かない)の勉励(べんれい)にて不自由なく暮(くら)し居
たるに其中の一|富家(ふうか)たる橋本與右衛門なるものは家内(かない)十三人あ
りて其|主人(しゆじん)は四十五六の人なるが轟然(がうぜん)たる響(ひゞき)と共に海嘯の押寄(おしよ)
せ来りたるに心付(こゝろづ)きて逸早(いちはや)く家人に逃げ出せと云ひつゝ|自分(じぶん)独
り真先(まつさき)に裏口より飛出したるも家族(かぞく)は一人も未だ出で去る能は
ざる内早や其家は押潰(おしつぶ)されたるのみか自らも多少(たせう)の手疵(てきず)を負ひ
たれども家族の潰家(つぶれや)に在りて泣き叫ぶ声を聞き其侭(そのまゝ)に立ち去り
難く藁屋根(わらやね)を押破りて暗黒(あんこく)の間を手探りに呼ばゝる声を知るべ
とし一生懸命|材木(ざいもく)を取片付け漸く一人を助(たす)けて見れば最愛(さいあい)の我
妻なり夫より両人(りやうにん)力を尽して又もや與右衛門の弟(おとゝ)を助け出すそ
の内に絶息(ぜつそく)したる五才の娘が蘇生(そせい)したりと見え助けよと泣(な)き叫(さけ)
ぶに心付(こゝろづ)き之をも助け得て都合(つがふ)六人助かりしも其他は尽く溺死
したりとなり
●唐丹村
○鈴木琢治の義侠唐丹村大字川目に鈴木琢治なるものあり年歯(ねんし)
正(まさ)に三十四五|妻子(さいし)を始(はじ)め下男三人|下女(げぢよ)二人と間口六間|奥行(おくゆき)十二
間|許(ばか)りの大厦(だいか)に住居(すまひ)し家世々|医(い)を業(げふ)とせり彼の大海嘯(おほつなみ)の夜(よ)琢治
家(いへ)に在(あ)り妻子と共(とも)に雑談時の移(うつ)るを知(し)らざりしが八|時(じ)の頃(ころ)洋灯
のブリブリと震(ふる)ふを見(み)て地震(ぢしん)ならんかと訝(いぶ)かりしも差(さ)したる震
動(どう)なかりしより引(ひき)続き談話(だんわ)せるに八|時半頃(じはんころ)隣人|息気(いき)せき来(きた)りて
「先生(せんせい)つい其の辺迄(へんまで)海嘯(つなみ)が来ました」と急報(きうはう)せしも琢治は少(すこ)しも
怪(あやし)まずされど隣人(りんじん)は顔色(かほいろ)変へて「何(なん)でも先生ヨダに違(ちが)ひ御座(ござ)い
ません私(わたし)は今|海嘯(みづ)を見て来(き)ましたから」と語(かた)る様子の常(つね)ならぬ
より琢治も茲(こゝ)に稍(や)や疑ひの心(こゝろ)を起しつ急ぎ提灯(てうちん)を点(とも)させ下男三
人(にん)を先に立てゝ|我家(わがや)の門を出で行(ゆ)く事半町|許(ばか)り提灯の光(ひかり)に透