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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百二十號 大海嘯被害録(下) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百二十號 大海嘯被害録(下) - ページ 17

ページ: 17

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【上段】 手は其侭二階より飛下りて後の崖(がけ)に攀(よじ)登りたりき技手か崖(がけ)に登 るや否や浪(なみ)の音は蛟龍(かうりう)の吼(ほ)ゆる如く人家の壊(こわる)る音物凄く助を 呼ぶ悲鳴(ひめい)の声は恐ろしき響(ひゝき)の間に雑りて天地も茲(こゝ)に覆(くつかへ)りたるか と疑(うたか)はれ気も魂(たまじひ)も身に添はず暫時(しばらく)茫然(ぼうぜん)として居たりしに凡そ三 十分ばかりを経(へ)て浪の退きたれば海岸に在る立標(りつへう)事務所を見舞(みま) はんとて件の崖を降(お)りて三十間ばかり行(ゆ)きたるに這(こ)はそも如何 に釜石町の人家は悉(こと〴〵)く浪に引(ひ)かれ行きて柱(はしら)とも云はず閾と も云はずバラ〳〵となりて高丘(たかだい)の下に堆積し道も容易(やうゐ)に通ぜざ れば余義(よぎ)なく元の旅宿に帰りたるに旅宿は幸(さひは)ひに損傷なく下町 より遁(のか)れ来りたる人々にて座敷(ざしき)も犇(ひつ)しと埋(うづ)められたりき 屋根に乗りて浪中に漂ふ  釜石の立標(りつへう)事務所は海岸際なる新 治嘉東治と云へる旅宿に設(まう)けありて此処(こゝ)には兼子技手以下五名 投宿(とうしゆく)し居(ゐ)たるがソラ海嘯と聞(き)くや否(いな)や潜水夫の一人大橋藤助と 云へるもの最先(まつさ)きに屋根に上りて同人の息子(むすこ)にて同じく潜水夫 なる初次郎と云(い)へるものを引上(ひきあ)げたれども他の四人は屋根(やね)へ出 づる暇(ひま)なく家内に打込(うちこ)む浪のために天井へ打(うち)上られしかば之れ 幸ひと棟(むねぎ)に取付きて屋根を破り辛(かろ)うじて上部へ這出(はいい)てたるが此 時家は礎(いしつへ)を離(はな)れてブク〳〵と浪中に漂ひたれは人々生きたる心 地(ち)なく運を天に任し一生懸命に屋根に縋(すが)り居(ゐ)たるに折(をり)よく家は 沖(おき)の方へ流れ行かず陸の方へ漂ひ行きて海岸なる村社(そんしゃ)の杜に懸 りたりき此|杜(もり)の木は高さ五間、廻(まは)り五尺ばかりあれば屋根に上 りたる人々は此樹(このき)に移(うつ)らんとて一人々々|尻押(しりおし)をなし漸く樹上に 上(のぼ)りたれども只だ潜水夫のみは最後(さいご)に残(のこ)りたる枝(えだ)まで手の届か ず幹(みき)を抱(いだ)きたる侭浪の退くを待ち居たるに間(ま)もなく浪(なみ)も退きた れば件(くだん)の樹(き)を下りて壊(こわ)れたる材木を拾(ひろ)ひ集め之れをば仮(かり)楷子と なし他の人々をも下(お)ろしたるが此時|隣(となり)の木にも三十四五才の女 子ありて頻(しき)りに助を呼(よ)びけるにぞ再び材木を拾(ひろ)ひて此婦人をも 【下段】 救(すく)ひ下(おろ)し高地に連れ来りたりと此家(このいへ)は間口六間|桁行(けたゆき)十間もあり し大家なりしゆへ浪(なみ)のまに〳〵漂ひつゝ|幸(さひは)ひに破壊(はくわい)を免(まぬか)れたれ ども他(た)の小(ちい)さき家は漂流(へうりう)中互ひに衝突(せうとつ)し見る間(ま)にメチャ〳〵と なりたるもの多しと云ふ ○新沼屋一家の惨状(さんじやう)  兼子技手等の止宿(ししゆく)し居たる新沼屋は釜 石第一の宿屋(やどや)にて家内は主人嘉藤次夫婦、悴(せがれ)夫婦、孫三人、下 女二人なるが海嘯の当日(たうじつ)悴の妻は小供の小用(こよう)をなさしめんとて 店先(みせさき)の便所に出でたるに沖(おき)の方(かた)より怪しき浪の押寄(おしよ)せ来るを見 しかば小供を抱きたる侭|高地(かうち)の方へ駈け行きしに夫(おつと)も亦た妻の 走るを見て何事(なにごと)ならむと後追(あとお)ひ行(ゆ)きしに此時早や海嘯は後(うしろ)の方(かた) より襲(おそ)ひ来りければ夫婦(ふうふ)は這々(はう〳〵)の体にて己が親族(しんぞく)なる山本技手 の止宿せる宅(たく)まで遁(のが)れたりき其中に屏風(べうぶ)の如き大海嘯押寄せ来 りて叫喚(けうくわん)大叫喚の惨状を現(あら)はしたれば夫婦は身(み)も世もあられぬ 心地(こゝち)して我家は如何になりけん家族(かぞく)は如何にしけんと頻(しきり)に思ひ 煩ひ居たる折柄(をりがら)兼子技手等は半死半生の体(てい)にて山本技手の宅(たく)ま で遁(のが)れ来りて遭難の概略(あらまし)を物語りつ〻新沼の家は村社(そんしゃ)の杜(もり)に漂 着したる由を談(はな)しけるにぞ夫婦(ふうふ)は大ひに驚きて外面(とのも)に飛出で山 辺に焚(も)やす篝火(かゞりび)を頼として山なす潰家(つぶれや)の間を踏越(ふみこ)へて件の村社 に行きたるに見るも無惨や家は微塵(みぢん)に砕けて父の嘉藤次は二人 の孫を両脇(りやうわき)に抱きたる侭破材の下に倒れ母も同じ枕(まくら)に伏し居た れば夫婦は気も転倒(てんたう)し父母の亡骸(なきがら)取縋り又は死したる我兒(わがこ)を 抱(いだ)き上(あ)げて共に死せざりしを悔みつゝ|悲嘆(ひたん)の涙に暮れたりと      ●大槌町 ○馬喰宇助  馬喰業(ばくらふぎやう)の宇助と云へる者海嘯当夜|激浪(げきらう)の中に漂 はされ辛(から)うじて樹枝(じゆえ)に取付ながら一生懸命|助(たすけ)を呼び居りしが只(と) 見(み)れば樹下(じゆか)一匹の馬あり方向(はうかう)を失(うしな)ひウロ〳〵し居たるを宇助は 早くも樹より飛下(とびお)り件の馬に打跨(うちまたが)り山の手方へ逃延(にげのび)て人馬(じんば)諸共