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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百二十號 大海嘯被害録(下) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百二十號 大海嘯被害録(下) - ページ 20

ページ: 20

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【上段】 他村の漁民漸次|侵入(しんにふ)し来り漁業をなすより其|迷惑(めいわく)一方ならず斯 くては一村の盛衰(せいすゐ)にも関すべしとて同村の組長田畑友次郎と いふが頻に憂苦の末旧来の書類(しょるゐ)を蒐(あつ)め出京して東京弁護士某 の鑑定を乞ひまた其筋に嘆願(たんぐわん)する抔重茂村のために尽(つく)すこと身 を忘るゝまでになりし折柄(おりから)大海嘯にて同人の住家(ぢゆうか)は水に侵(ひた)され 今にも流失(りうしつ)せん計りとなりたれば友次郎は妻子を携へ逃れ出で んとすれど見れば大切(たいせつ)の書類あり此書類流失せば村民(そんみん)の困難以 前に勝るの道理(だうり)なれば如何せんと狼狽(らうばい)する中妻子等は吾等(われら)は死 すとも全村(ぜんそん)のために書類を全ふされよと一斉に叫びて健気(けなげ)の決 心|容易(やうゐ)に動かすべくも見へざりしにぞ友次郎は意(い)を決(けつ)して左らば 妻子を失ふも全村の困難(こんなん)には代へ難しと件の書類(しょるゐ)を一括して頭 に紮(しば)り付け妻子の叫び流るゝを見捨(みすて)て身を捲き来る大浪の中に 投じ浮きつ沈みつ高地(かうち)に泳(およ)ぎつき遂に書類丈を全(まつた)ふせしが妻子 の死体は今に発見(はつけん)せずとぞ ○小兒|畑中(はたなか)に助かる  重茂に淡路萬蔵といふ者(もの)ありて宮古よ り二才になれる子(こ)を貰(もら)へり海嘯襲来の節は自身(じしん)は宮古に在りて 稼(かせ)ぎしが事変の翌日|帰郷(ききやう)したるに不思儀にも小兒が無事(ぶじ)に畑の 隅に在りしを得たりと       ●山田村 六月十五日高さ三丈|内外(ないぐわい)の海嘯の起るや南部(なんぶ)過半は瞬間に洗流 されたり警察分署の統計(とうけい)に依れば家屋の害に罹(かゝ)れるもの四百五 十四戸 (三百五十二軒)町民の死せるもの千二百八十三人傷を負 ふものニ百五十八人|漁船(ぎょせん)の流(なが)るゝもの五十三艘|田(た)の荒(あ)るゝもの 七十五町八反二十五歩|畑(はた)の廃せるもの二丁歩警察署潰れ郵便電 信局流れ助役(じょやく)収入役書記町会議員 (二名)等死す何分(なにぶん)夜中なると 警察署人員の不足(ふそく)なりしと混雑(こんざつ)の甚しかりしより救助も十分に 行届(ゆきとゞ)き兼ねたれど警官などの尽力(じんりょく)に依り翌朝(よくてう)までには或は土中 【下段】 に半(なか)ば埋れたるを堀上(ほりあ)げ或は息絶々に呻(うめ)き居れる者に手当を施 し或は海中に漂へるを救上(すくひあ)げたるもの四十一人あり現今(げんこん)発見さ れたる死体(したい)の数は五百五六十名あれど海中(かいちう)に浮みたるものは五 六名にして他は皆|谷底(たにぞこ)に堆くなれる材木の下(した)より出たる者なり ○孝子(かうし)のまごゝろ  山田町川向といへる処の横田某病気 に罹り其|枕辺(まくらべ)に打集ひて介抱し居たる妻子|眷族(けんぞく)十二人皆諸共に 激浪に捲去(まきさ)られ長男清二のみは逸早(いちはや)く家を駈け出で泳(およ)ぎ行く 中|自宅(じたく)の漂ひ来るを見て必定両親此中にと満身(まんしん)の勇気を鼓し ヒラリと其家に上(のぼ)りて見れば案(あん)に違(たが)はず両親の救を呼ぶ声聞ゆ るに運能(うんよ)く廻合(めぐりあひ)しよと勇み喜び屋根をめくりて左右に救出せし 折から天も孝子の誠心(まごゝろ)を嘉しけん一艘の鰹船(かつおぶね)の流れ来るにぞ是 ぞ勿怪(もつけ)の幸と件の船を辛(から)ふじて引寄せつ先づ両親を乗移(のりうつ)らせ続 て自身も飛乗(とびの)らんとする途端無残や激(げき)する大波に推流(おしなが)されしが 猶も屈せず泳(およ)ぎ廻りて漸く陸地(りくち)に打揚げられ両親も恙なく山手(やまて) の方に漂着(へうちゃく)し安堵の息をつきたれども他の家族(かぞく)九名はあはれ魚 腹に葬(ほうむ)られ了ぬ ○警官の精励(せいれい)  山田には宮古警察署の分署(ぶんしょ)あり署員は八名あ りしが海嘯の為め巡査一名は惨死(ざんし)し一名は急を報ずるため遠野 に派出(はしゆつ)せしめたれば跡は僅かに六名に過ず分署長(ぶんしょちやう)神貞庸氏は夜 も睡眠(すゐみん)せず能く部下を指揮して被害地の取片付(とりかたづけ)に従事し死屍は 大抵|火葬(くわそう)せしめ遺族又親戚の懇請する分のみ土葬(どそう)せしめ以て流 行病の萌芽(ほうが)を防ぎたり斯る急変(きうへん)の際に於て氏の如きは実(じつ)に職責 を全ふせし者といふ可し ○負傷者|手当(てあて)  当町にて四名の医師(ゐし)ありしが内二名は海嘯の 為に攫(さら)はれ残る二名の内関玄達と云へる医師は十三名の家族(かぞく)を 失ひ其身も負傷(ふしやう)して其事業を取扱(とりあつか)ふ能はざりしも既に平癒して 他の重軽傷者を治療(ちりやう)しつゝありと