翻刻
【上段】
志家にて数(すう)万円の資産(しさん)ある人(ひと)なるが当夜氏(たうやし)一人助かりしのみ其(その)
家族(かぞく)十三人を失(うしな)ひ且又財産の全部(ぜんぶ)を流亡せしにも拘(かゝ)はらず東奔
西走寝食を忘(わす)れ漁(ぎよ)民今後の生活(せいくわつ)に付(つき)熱心に考慮を費(つひや)しつゝあり
町民一|同其(どうその)篤志に感激(かんげき)し居(ゐ)たりと
○右と左り 一家尽く流(なが)れ去(さ)りし鍬ヶ崎の海藻|仲買(なかがひ)人重吉
といへる者(もの)の死屍(しがひ)を見出(みいだ)せしに左の手には百円束の紙幣(しへい)と右に
は六十|余歳(よさい)の老母(らうぼ)の襟を掴み居(ゐ)たりと
○海嘯実験家の老練 鍬ヶ崎の大須賀與平治は音(をと)に聞(きこ)へし漁
夫なり、当夜(たうや)宮古湾内にて地引網を曳(ひ)き居(を)りしか俄(にわか)に水退くこ
と常(つね)より五十間に及べるを以て早(はや)くも海嘯(つなみ)なるを知り自己は沖(をき)
合(あひ)より声(こゑ)を掛(か)け「ヨダだ〴〵逃げろ〳〵」と曳子を逃(に)がし曳子は
其(その)まゝ|綱(つな)を棄てゝヨダだ〴〵と言(い)いつゝ|逃(に)げたり此声(このこゑ)の為め鍬
ヶ崎|人(ひと)は非常(ひじやう)に助かりたり斯くて曳子(ひきこ)の逃(にげ)るを見て與平治は
沖(をき)を振向(ふりむ)きドーセ助(たす)からないのかと思ひつゝ高|浪(なみ)にて向|船(ふね)を乗(の)
せ掛(か)けしに忽ち覆へさること三|回(くわい)に及びしが船(ふね)を離(はな)れす四回目
には材木(ざいもく)に取付き第二の浪にて市街(しがい)の土蔵(どざう)の屋根に推(を)し寄(よせ)られ
髙運(かううん)にも一|命(めい)を拾へりと
○九死中に一生を得 鍬ヶ崎の船大工(ふなだいく)にて千徳壽八は田老に
赴(おもむ)き居たりしが物音(ものをと)に愕き窓より眺めしに沸(わ)くが如(ごと)き浪の来る
に逃(にげ)ろ〳〵と云ひつゝ|走(はし)る途中(とちう)大浪を冠りしかど首尾(しゅび)能(よ)く陸上(りくぜう)
に達(たつ)しホッと一|息(いき)する間(ま)もなく忽ち浚(さら)はれたれば最早(もはや)叶(かな)はぬと
二丈余りも底(てい)に沈(しづ)み死を決したるに忽ち浮(うか)み出で拍子よく木の
ある処に持来(もちきた)られたり此時(このとき)迄左の指日本を損(そん)じたる事及腰の抜
けたるを知(し)らず左(ひだり)の手を出して草(くさ)を掴まんとせしに利かず是非
なく右(みぎ)の手(て)にて芝(しば)を掴み口にてクワへ又右(またみぎ)の手(て)にて芝を掴み口
を左手に代へ天明(てんめい)までに五|間計(けんばか)りも山へ上(あが)りしを他人(たにん)に助けら
れしといふ
【下段】
○水を呑で活く 宮古光岸地の盛合十吉は三歳の子(こ)を負(せを)ひ自
宅より十四五町も推上(をしあげ)られて柳(やなぎ)の樹に取り付(つ)き材木(ざいもく)の流(なが)れ下
るに遭へば頭(あたま)を水(みづ)に突入(つきい)れ〳〵て遂(つひ)に助かりたりと
○冒険漁夫の死 鍬ヶ崎に有名(いうめい)の漁夫ポン〳〵|松(まつ)といふ男(をとこ)あ
り暴風雨(ぼうふうう)に銚子の港(みなと)を泳ぎ船を繋(つな)ぎ止(とゞ)めしが磁石なしに遠州灘
を乗(の)りしとか非常(ひぜう)に強胆(がうたん)の男なりしがナニ海嘯(つなみ)なんどに恐(をそ)れる
なと一|杯機嫌(ぱいきげん)にて自若たりしが遂(つひ)に自分(じぶん)は石に頭部を打たれ妻(つま)
も一|旦(たん)免れしが銭(ぜに)を忘(わす)れたりとて引返(ひきかへ)したる為め子(こ)を抱(いだ)きたる
まゝ|流亡(りうばう)す人(ひと)々大に惜(をし)み合(あ)へりと
○葭ヶ洲の大石 鍬ヶ崎の尽頭(はづれ)に在(あ)る葭ヶ洲には沖合(おきあひ)遙か
の海底(かいてい)に在(あ)る四五貫目の大石(おほいし)幾個となく投上(なげあ)げられ其石(そのいし)には諸
種の植蟲類(しょくちうるゐ)付着し居て一|見(けん)海嘯(つなみ)の勢の猛烈(まうれつ)なるを証(しょう)するに足(た)る
●田老村
田老村は田老乙部摂待末前の四字より成(な)る末前は山間(さんかん)にある部
落にして農(のう)を以(もつ)て業と為し毫(がう)も海嘯(つなみ)の害を被らず摂待は海面(かいめん)に
遠(とほ)き家屋(かをく)あるを以(もつ)て多少被害を免(まぬが)れたるもあれど田老(たらう)と乙部に
至(いたつ)ては蕩然|洗(あら)ひ去(さつ)て一物をも留(とゞ)むるなく今(いま)は只礎石の点(てん)々|存在(そんざい)
せるあるのみ
田老と乙部とは相隣接(あひりんせつ)せる部落(ぶらく)にして田老は総戸数ニ百四十二
を有(いう)し乙部は九十三戸を有(いう)せしが十五日の海嘯(つなみ)は水高平水より
髙(たか)き事(こと)七十尺に及び五|分間(ふんかん)を費さずして全戸数三百三十五戸は
微塵となりて海岸(かいがん)に浚ひ出(いだ)され男女|相合(あひがつ)して老幼千八百六十七
名(めい)は海底(かいてい)の鬼と化し畢んぬ当時(たうじ)僅かに身を以て免れたるものは
約二千の人口中三十六人に過(す)ぎずして是(こ)れも多少(たせう)の傷(きず)を負ひ微
傷だも負はざるものは当夜(たうや)一里余の沖合(をきあひ)に鮪漁に出(い)で居(ゐ)たる船
十五艘の乗組員(のりくみゐん)六十人と北海道へ出稼中(でかせぎちう)の漁夫若干あるのみ村
役場小学校巡査駐在所郵便局等も固(もと)より流(なが)され助役落合安兵衛