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【上段】
かくすや否や忽(たちま)ち又砕けて之と同時に一声の轟音(がうおん)を聞けりと
○海嘯と音響 今回(こんくわい)の海嘯に就ては何処にても音響(おんきやう)を聞けり
宮城県牡鹿郡にては雷鳴(らいめい)の如き響を聞(き)き歌津村にては砲声(はうせい)の如
き音(おと)を聞き又志津川町にては大雨(だいう)に続いて地震(ぢしん)あり間もなく雷(らい)
鳴(めい)の如き響きを聞きたり岩手県下久慈港にては当日(たうじつ)午後八時半
頃(ころ)に烈風(れつぷう)吹起り地震(ぢしん)の如く雨戸(あまど)鳴響き間もなく三四回凄まじき
音(おと)聞(きこ)えたり、又(また)釜石町にては晩餐(ばんさん)頃海上|遙(はる)かに凄(すさま)じき音(おと)せしが
其声(そのこえ)次第(しだい)に近づき且(か)つ大砲(たいはう)の如き響き三回程あり人(ひと)々驚きて海
上を見渡(みわた)すに濃霧(のうむ)一面に立塞(たちふさ)かりて呎尺(しせき)を弁ずる能はず何れも
驚き慌(あは)てる折しも山(やま)なす海嘯|襲(おそ)ひ来りしなりと
○海嘯と鰯漁 青森県|鮫港(さめこう)より湊(みなと)に至る沿海にては四十一年
前(まへ)に鰯(いわし)の大漁ありしに其年大海嘯あり本年も亦た鰯の大漁なり
しに此(この)大海嘯ありたれば人々奇異の思(おも)ひをなし居(を)れりと
○海嘯と火光 青森県下上北郡一川目村|辺(へん)にては海嘯の起(おこ)る
前(まへ)連夜海上に許多(きょた)の怪(あや)しき火光(くわくわう)を見たりと
○海嘯と保険 今回の海嘯(つなみ)にて奥州|海岸(かいがん)人畜の死傷(しゝやう)は随分(ずゐぶん)夥
しきが今府下二三生命保険会社に就(つい)て同地方|被保険人(ひほけんにん)の概数(がいすう)を
聞くに内国保険(ないこくほけん)株式会社は釜石(かまいし)宮古(みやこ)間に四百廿一人を有し此保
険金高六万九千二百五十円、帝国生命保険(ていこくせいめいほけん)株式会社は久慈(くじ)に十
一人、遠野(とほの)町に二十六人、盛(もり)町に五十人、高田町に二十二人を
有(いう)し此保険金高二万四千円、尚(な)ほ此外に明治生命も数千円の約(やく)
束(そく)あれど仙台|集金所(しうきんしょ)若くは代理店(だいりてん)よりは夫々出張|取調中(とりしらべちう)にて未
だ其(その)詳細(しょうさい)を知(し)る由(よし)なしと云(い)ふ
○西洋形船舶損害なし 今回(こんくわい)の海嘯に就(つい)て所在の和船(わせん)は運送
船|漁船(ぎょせん)の別なく多く破壊(はくわい)されし事|明(あきら)かなれど西洋形の船舶(せんぱく)には
更(さら)に被害(ひがい)の沙汰(さた)なしといふ
○海嘯の予言 磯鶏村の字赤前といふ処(ところ)にては四十一年|前(ぜん)即
【下段】
ち安政(あんせい)三年の海嘯の時(とき)磯に川菜と称する海草(かいさう)を生ぜしが其(その)後曾
て之を見(み)ず同地(どうち)の老人|等(ら)は本年一二月|頃(ごろ)より磯の辺(ほと)りに右(みぎ)の川
菜の発生(はつせい)せしを見て必ず海嘯(つなみ)あるへしと期(き)し居たりしに其予言(そのよげん)
通(どほ)りに来襲(らいしふ)せり又高浜にては鰻(うなぎ)の死するもの夥しく土人|等(ら)亦(また)海
嘯の前兆(ぜんてう)となせしに果(はた)して予言(よげん)の適中(てきちう)せる不幸(ふかう)を見(み)るに至(いた)りた
りと
○又 青森県下三戸郡百石村字二川目の田中惣十郎とて今年(こんねん)
六十余の老人(らうじん)は何故(なにゆゑ)か海嘯の前日今に大海嘯(おほつなみ)か来るから用心(ようじん)せ
よと村内(そんない)に普く告(つ)げて警(いまし)めたるに果して翌日大海嘯起りたるが
被害(ひがい)の割合に人畜(じんちく)の死傷少かりしは全(まつた)く惣十郎の予言の為めな
りとか
○漁夫海嘯を知らず 九戸郡八木宿戸にて其当(そのたう)日沖合に出漁(しゅつぎょ)
し居(ゐ)たる者(もの)四十余名ありたるか一条の黒線(こくせん)北方より南方の沿岸(えんがん)
を突(つ)きたりと見る間(ま)に張(は)り置ける網(あみ)は頻(しき)りに揺動(ゆりうご)きて網内(あみうち)の魚
類悉く逸出(いつしゅ)せしにぞ余りの不審(ふしん)さに薄気味(うすきみ)悪(わる)けれどさり迚別に
風波(ふうは)の虞(おそれ)もあらざれは同夜は其侭|漁猟(ぎょれふ)に従事(じやふじ)し翌朝帰り来たり
て変災(へんさい)の事を聞き扨は前夜(ぜんや)の不審(ふしん)も之か為めにてありしかと孰
れも大(おほひ)に驚けりと云ふ
○漁業の損失約二百万円 岩手県下に於て毎年漁業より得る
収穫高(しうくわくだか)は約七十万円と称すれどもこは表面上官庁に対する計算
にして実際収穫高は三倍以上なれば本年の損失(そんしつ)のみにて約(およそ)ニ百
万円を下らざるべし
○島嶼飛び岩角出づ北閉伊郡小本村の海岸(かいがん)より五六百|間(けん)を隔離(かくり)
して一の龍甲と云(い)へる島あり百|雷(らい)の一時に轟くが如(ごと)き響と共に
此島(このしま)五百間余を隔(へだ)つる小本川口に転落(てんらく)し其水面より顕(あら)れたる岩
の高(たか)さは一丈五尺|程(ほど)もあり而して同川口は水(みづ)の深さ平常は七八
尋(ひろ)もありしかど俄に浅瀬(あさせ)となり幵(そ)が中より地盤(ぢばん)の岩石突出せり