翻刻
【右頁上段】
りて退潮の際破損す
紀伊 尾鷲浦、林浦、中井浦、共に津浪あり溺死百六十三人
以上記するものを以て明治以前の顕著なる海嘯とす
●守田氏の身体保全法 画報子
人生|貴賤(きせん)の別(べつ)なく誰か性命を愛惜(あいじゃく)せざるものあらむ然りと雖も
人に不虞(ふぐ)の災(さい)無謀(むぼう)の変(へん)なるものありて貴重(きちゃう)の性命も或は免(まぬか)るこ
と能はざる場合(ばあい)あり若し夫れ不虞(ふぐ)の災|無謀(むぼう)の変之を前知(ぜんち)するこ
とを得べくんば天変地異必ずしも恐(おそ)るゝに足(た)らざるなり彼の実
丹を以て有名(いうめい)なる守田氏か著(あら)はせる身体保全法なるものは所謂(いはゆる)
災害前知法にして氏が四十余年間|実験(じつけん)して一も愆(あやま)らざる所の奇
法なりと云ふ然り而して其法や敢て氏の捏造(ねつぞう)せるものに非ず盖
し我が軍法(ぐんぽふ)の奥義(おうぎ)より得たるものにして古来(こらい)相伝せしなるべし
地理塚物語巻八赤松律師|兵書(へいしょ)之事 江州高島郡二尊寺といふ
寺に赤松|律師(りつし)が兵書のうつしなりとて巻物(まきもの)侍りその中にむか
し九郎判官義経くらま山にて天狗(てんぐ)より相伝(さうでん)せられ侍るといひ
て兵法(へいはふ)口舌気といふ事しるし侍(はべ)り則ち一ッ書にして云々おと
がひと手の脈(みやく)を一度にうかゝふに和合(わがふ)して同じやうにうつは
吉(よし)ちがひたるはいむべし是を生死|両舌(りやうぜつ)の気といへり
傍廂中巻三脈の法 今大路道三大人始て思ひ得られし法なれ
医書(ゐしょ)になく師伝(しでん)もなければ医師は絶(たえ)て知らざる事なり明応
の頃遠江荒井の今切の災を未然(みぜん)にしりてその駅(えき)を立のかれし
もこの三脈なり道三大人の門弟(もんてい)に三脈を伝(つた)へられしが一子相
伝にて他にゆづらざりしを其筋(そのすじ)いたくおとろへて軽(かろ)く商人と
なりしが我|門弟(もんてい)にてありけるをいたく貧(まづ)しければ謝物(しやもつ)のなき
を耻(はづ)るさまなるに我方よりはさる事にかゝはらずまめやかに
怠(おこた)りなく学びなばそれを謝物として精学(せいがく)怠るべからずといひ
【右頁下段】
しに猶(なほ)あかずやありけん家に秘(ひ)め伝(つた)へたる三脈の法あり是を
謝物の代(かは)りにとて我に悉くゆるしをしへたり其者|木曽(きそ)の山中
にて杣人(そまびと)の大木を切かけて置しに大風(たいふう)にてその木(き)倒(たほ)れておし
にうたるべきを未然に知りてのおがれしとぞ其時のさままで我
にをしへたりそは眉陵人迎扶陽也火難盗難剣難落馬破船病難
死亡など未然(みぜん)にしるにたれり我この法を受しより六十余年の
間たび〳〵其験見えたり
竊(ひそか)に思ふに此二書に載(の)する所は即ち守田氏か伝(つた)ふる所の秘法(ひはふ)に
あらざるなきを得むや然れども此法や之を支那に求(もと)めて固(もと)より
有らず之を西洋(せいよう)に求めて亦有らず所謂|古今(こゝん)東西未だ曾(かつ)て有らざ
るの奇法(きはふ)と稱すべきのみ古人は之を一子|相傳(さうでん)として他(た)に讓るこ
とを欲せざりしに守田氏此法を得てより之を秘(ひ)するの不可なる
を知り之を天下(てんか)万衆に頒(わか)ちて人命を安全の区(く)に惜(を)かむと欲す是
れ固より慈恵(じけい)の意に出たるもの吾人は速に其法を講(かう)し以て性
命保護の策(さく)を為さゞるべからず聞く頃者(このごろ)茨城県那珂郡の坂本辰
彦氏書を守田氏に寄(よ)せて其書四千七百三十部を注文したりとい
ふ此|奇法(きはふ)にして已に世に出でたりとせば購読者(かふどくしや)の日に月に多き
を加(くは)ふるは敢て怪しむに足らざるなり想(おも)ふに世の此法に因りて其
恩恵(おんけい)を蒙る者多々あるべく三陸地方の人士(じんし)にして今回の海溢(かいゝつ)に
此恩恵を蒙(かうむ)れる者も亦多々ありしならむ然らば則ち保全法(ほぜんはふ)は家
々欠くべからず人々宜しく備(そな)ふべきの神書なり嗚呼守田氏は曩(さき)
者(に)宝丹を調(てう)して広く人を済(すく)ひ今又此法を著(あらは)して天下の万衆を済
ひつゝあり守田氏の如きは所謂|仁人(じん〳〵)君子(くんし)にして世を済ふに志あ
る者是れ吾輩の特筆(とくひつ)して世上に広告するを嗇(おし)まざる所以なり
頃者守田氏より身体(しんたい)保全法ニ部宝丹五十個及び自筆(じひつ)の日課観
音福人の図を弊堂に寄贈(きそう)せられたれば茲に紙上(しゞやう)を以て其厚意
を鳴謝(めいしゃ)す
《割書:変災|前知》身体保全法概要
今回(こんくわい)陸前(りくぜん)陸中(りくちう)陸奥(むつ)三国( こく)の海辺(かいへん)に起(おこ)りたる大海嘯(おほつなみ)は実(じつ)に未曽有(みそうう)の大変(たいへん)にして驚愕悲歎(けやうがくひたん)に堪(たえ)ざる所(ところ)なり夫(そ)れ此等(これら)の如(ごと)き変災(へんさい)を前知(ぜんち)
するの一奇法(いつきはふ)は兼(かね)てよりあることなるを世人(せじん)の知(し)るもの少(すく)なきは惜(おし)むべき事(こと)と思(おも)ひ小生(しやうせい)十五 歳(さい)の時(とき)より経験(けいけん)せし実譚(じつだん)を録(ろく)して
過(すぐ)る明治(めいぢ)廿五《ルビ:年施|ねんし》印数万枚(いんすまんまい)を配布(はゐふ)したる故(ゆへ)自然(しぜん)三 陸(りく)の間(あいだ)に於(おい)ても之(これ)を今回(こんくわい)に実験(じつけん)したる人(ひと)ありぬべし扨(さて)此法(このはふ)の起(おこ)りは何時(なんどき)なる
や詳(つまびら)かならざれども或(ある)隠医(いんゐ)が伊豆(いづ)の国(くに)海岸(かいがん)に起(おこ)りたる海嘯(つなみ)を前知(ぜんち)して数十人(すじうにん)引連(ひきつ)れ山(やま)に逃(に)げ上(あが)りて大難(だいなん)を免(まぬ)かれたることあり
其(その)方法(はうはふ)たるや至(いたつ)て簡易(かんゐ)にして何人(なにびと)にても之(これ)を行(おこな)ふを得(う)べく其(その)順序(じゅんじょ)は図(づ)に掲(かヽ)ぐる如(ごと)く
第一図 第二図
先(まづ)左手(ひだりのて)の大指(おやゆび)と食指(ひとさしゆび)とにて(《割書:第一図|の如く》)奥(おく)の下歯(したば)の
左右(さゆう)の根(ね)にある(《割書:多迎|の穴》)動脈(どうみやく)を診(しん)し次(つぎ)に(《割書:第二図|の如く》)右(みぎ)
の手(て)を以(もつ)て左(ひだり)の手(て)の脈度(みやくど)を診(しん)するなり(《割書:之を自身|に行ふも》
《割書:他人を診するも|同様なりとす》)而(しかし)て奥歯(おくば)の根左右(ねさゆう)の手(て)共(とも)三 箇所(かしょ)の
脈動(みやくどう)同一(どういつ)なる時(とき)は無難(ぶなん)の証(しやう)にて之(これ)に反(はん)し脈動(みやくどう)
乱(みだ)る〻時(とき)は廿四 時間内(じかんない)に一《ルビ:命|めい》に拘(かヽは)るべき大難(だいなん)
あるの前兆(ぜんてう)なりとす
斯(かヽ)るときには速(すみやか)に其所(そのところ)を立退(たちの)き
脈動(みやくどう)同一(どういつ)なる所(ところ)に至(いたつ)て止(とヾ)まるべ
し若(も)し何方(いづこ)に往(ゆ)きても一人(いちにん)のみ脈動(みやくどう)乱(みだ)れ他(た)の人々(ひと〳〵)は平脈(へいみやく)に
復(ふく)したるときは是(こ)れ一人《ルビ:丈|だ》け別(べつ)に災難(さいなん)のあるか又(また)は病災(びやうさい)に罹(かヽ)るものと知(し)るべし兎(と)も角(かく)此度(このたび)の大海嘯(おほつなみ)の前(まへ)に於(おい)て此(この)方法(はうはふ)を広(ひろ)く試(こヽろ)
みたらんには非命(ひめい)の死(し)を免(まぬが)れたる人(ひと)も必(かなら)ず多(をふ)かりしならん時節(じせつ)未(いま)た至(いた)らずして神術(しんじゅつ)を普及(ふきう)し得(え)ざるは小生(しやうせい)の遺憾(ゐかん)に堪(たえ)ざる所(ところ)な
り茲(こヽ)に概要(がいえう)を録(ろく)し世(よ)の人々(ひと〳〵)の身体(しんたい)を保全(ほぜん)するの一《ルビ:助|じよ》となさんと欲(ほつ)す冀(こいねがわ)くは一《ルビ:読|どく》の上(うへ)試験(しけん)せられんことを請(こ)ふ
東京市下谷区池之端仲町廿七番地
明治廿九年丙申六月吉辰 宝丹本舗 十世 守田治兵衛
父 守田長禄翁謹述
特別売捌所 神田通新石町 東陽堂支店
二白(にはく)此(この)方法(はうはふ)に付(つき)ては曽(かつ)て身体保全法(しんたいほぜんはふ)と題(だい)する一《ルビ:小冊|しやうさつ》を発行(はつかう)し杉宮内大夫(すぎくないたいふ)閣下(かくか)の賛成(さんせい)を賜(たま)はり題字(だいじ)を手書(しゆしよ)せられたり又(また)諸氏(しょし)
の確報(かくほう)をも収録(しゆうろく)したるを以(もつ)て神術(しんじゆつ)の実歴(じつれき)を知(し)るを得(う)べし此(この)書一部(しょいちぶ)金(きん)弐拾《ルビ:銭|せん》なれども此際(このさい)に限(かぎ)り郵券(ゆうけん)代用(だいよう)を以(もつ)て求(もと)めに応(おう)じ
且(か)つ郵送料(ゆうそうりやう)は申受(まほしう)けざるべし