みんなで翻刻ver1

コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百二十號 大海嘯被害録(下) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百二十號 大海嘯被害録(下) - ページ 6

ページ: 6

翻刻

【右頁上段】 は陥落即ち火山地震に起因するものと為さんか克く三陸地方沿 海七十里の長に亘り同時に且稍、同様の震動力を波及せしめん には其焼点たる地動の中心点は此沿海を距る大約四百海里の外 太平洋中四千尋内外の深底を有する処にしてトスカローラ海底 の東辺に在るべきものと為す然るに著しき地震動を初めて感じ たるは午後七時三十二分三十秒にして同七時五十三分三十秒に 於て津浪あり其間実に二十一分にして此洪浪は四百海里を走れ る割合となる安政の地震は日本大半を震撼せる大地震にして当 時洪浪の太平洋を横ぎりて桑港に達したるは一時間三百七十海 里又是ゟ一層の速度を以て布哇島に達したる一千八百六十八年 南亜米利加南岸の洪浪は一時四百五十四海里なりしと云ふ此両 者に比較すれは三陸の洪浪か襲来せる速度は殆と三倍なり然し て地の強弱は如何と顧れは固より微震にして安政度大地震強烈 の比にあらず且単に噴火性に属する海床の変動のみにては到底 洪浪彼が如き絶大の地勢を発動せしむるを得ず之を為さんには 必ずや造山力即ち大々的地体の変動之と併発するにあらずんば ならず加之ならず三陸罹災地方には噴火山は八の戸以北の地を 除ては絶無の地にして其東南の海洋中には従来の火山脈の存在 することを知らざれは火山活動を此海底に揣摩するは些しく牽 強の嫌なき能はず故に三陸地質の原因を火山力に帰するは其当 を得たるものと謂ふべからず斯の如く論し来れは三陸地震の原 因は自から余すところの地辷地震即ち地体の大勢に変化を生ず る造山力の活動に由て発作する断層地震たるを知らる地辷地震 の状勢は既に之を説明したり依て其活動の形勢を左に陳述して 以て本篇を結ばんとす 海底の地質構造を探らんことは水路測量の洽ねからざる地方に 於ては容易の業にあらざれは之れに近接せる地質の構造と山脈 【右頁下段】 の趨勢、海床の深浅及水陸相互の関係を考量し以て之を推察す るに外ならず前項に於て阿武隈北上両山系の地質の大要は之を 述べたり乃ち阿武隈山系に発達する所の地層中最深の片麻岩層 は北上山系に露はれずして北上山地は地質年代より観察すれば 阿武隈山地よりは一段上位の地層準に在りて其片麻岩層は山足 に延て海中に入るに到りて露出するものゝ如し而して本篇付図 の深浅線及ひ甲乙、丙丁の両断面図を以て示すが如く三陸より 北海道及千島に到る陸地東面の海床は汀渚線より水深百尋に達 するは十里内外の遠きに及べども百尋以下一千、二千、三千、四 千の深淵に達するは極めて近邇にして遂に地球上最深海床の一 たるトスカローラ長溝の域に入れり千島列島中得撫島の東面海 中の最深なる処は四千六百五十五尋 (二万七千九百三十尺即チ 二里五丁三十五間)あり実に富士山の高さに二倍余の凹地が我 東海に於て東北より西南に横はるを以て日本国の東北に連なる 地脈は其東面の海底に甚だ急峻の地勢を為すことゝ知るべし 夫れ斯の如き奇態の地勢を生じたるは又地体の大々的変動に由 るや言を俟たす之を反言すれは地球縮収の結果より生じたる一 大断層 (大地辷)の曾て発作したる証拠なり現に亜米利加大陸に 於けるアッパラキアン山脈中には断層の大ひなるもの多く其劈 裂線は廿乃至八十哩の長さに到り其垂直の転差二万乃至四万尺 の大数を示すものあるに由ても是れは之れ素より準拠なき臆説 にあらずと知るべし断層に由て此地勢を構成したるものならん には当初地体の圧迫せらるゝや数多の劈裂線を生じたるべきも 亦理の当さに然るべき所にして此破れ目の走向は東北より西南 にして自から陸地と併行したるなり即ち前項第一図及第二図に 示せる結果を生ずべし地体の弱点は斯の如くにして成り此海床 の痼疾となりぬ故に一朝地動力の其威力を逞ふするあらんには 【左頁上段】 此脆弱なる線路に沿ひ地体に変動を惹起せしむるものなれば輙 ち今回の大惨状を三陸地方に演じたる洪浪の源因は該地の東面 急斜の海床に発動せる地辷に由て生じたる地震なりと考定する を得たり 篇末に於て猶数言を費さんことを欲するものは三陸地震に就き 中心点は何村の沖合に在り何村は被害の他に比して大なるに由 り中心点は近からん等の説を散見したり前にも謂へる如く火山 又は陥落地震にありては中心部より震波を四周の地に伝播する に由り震源に中心あるは勿論なれども地辷地震は劈開線に由て 長形に活動し其震波の伝播する方向は圏状を画して四周に及ぼ すにあらず其活動の方角に沿ひ長距離に及び此方角に直角の地 には短距離にして止むものと為す即ち長さに比して幅狭き地動 を生ずるものと知るべし是を以て中心点なるものあること無し 次に海底地震に伴ふ洪波之を沿海の陸地にしては津浪と称する ものゝ性質に就て一言せん 地球全身に於て陸界と水界との率は一と三なれば地震の水底に 発動するも亦陸地に於けるより多かるべき理にして殊に水陸接 界の処に近き海床に在りて然るを見る乃ち此場合に於ては地震 の外に洪浪を惹起して現象の煩雑するなり 性質の何たるを問はず海底に於て一種の大地震発作するとせん か固形体の地盤は速に之を伝播して陸地に及ぼすべし而して流 動体の海水は地動に撼攪せられて動揺を始め茲に洪浪を発揚し 更に同様の浪は踵を接して起り遂に之れか斑列を形成するに到 る又其波幅は数百海里に到り波長の高さ最初に於ては五十尺乃 至六十尺に達することあり斯の如き宏大の津浪は海洋中に在り て潮流を生ずるにもあらず亦船員も却て之を認識し能はざるも のなり然れども進んて浅渚ある陸地に接近するや水底の摩擦に 【左頁下段】 由て其行路に障碍を生ずるを以て彼れが如く波幅の濶大なる山 嶽大の水量は海面より滔々として押し来れる集積の勢力を以て 山の如く丘の如き五十尺乃至六十尺以上の洪浪と為りて激怒狂 奔其道に当る所の諸物を掃蕩し去るなり之を津浪と称す而して 其体の絶大なるに由て之れか進行の速度も亦大なりとは雖ども 地震波の速力より遙に劣るものなれば初め僅に地震の災害を免 かれたる高樓厦屋も此第二の襲撃に遭ふて敗滅に帰することあ るを常とす 一千七百五十五年葡萄牙国の都市リズボン府の大地震には震災 より三十分時の後府民の騒擾も漸く鎮静に帰したるに洪浪続々 として殺到し来り全府を蕩尽したり此際浪の長高きは六十尺に 達したるものありしと云ふ三陸地方に於ても洪浪は数回の襲来 ありたり之れ地震の続発したるに由るなり ダルウヰン博士の南米紀行に曰く津浪の被害は遠浅の海岸に於 ける部落に劇甚にして却て深淵に枕める大海洋畔のワルパライ ゾ府の如きは其地震を感したるは一層頻多なりしにも拘はらず 軽少なりしと故に三陸地方に於て洪浪の被害最も大なりしを見 て直に其地は震源に近しと云ひ地震の中心沖合に在りと断定す るを得ざるなり且海底の形勢は恰も陸上に於けると一般山嶽あ り、丘阜あり、谿谷あり、平地あり故に洪浪は陸上に見る海岸線 の凸凹即ち岬湾の形勢に由て其殺到する方位を紊すのみならず 這般地底の形状に由ても多少の変位を生ずるものなり 本篇に付する地図はトスカローラ海床に連なる日本北部の海陸 の位置を示すものにして陸地の東面は如何なる傾斜を以て此深 海に接するや深海の区域及方位は如何等を示し又仮りに断面図 二箇を付して大勢を窺ふに便ならしめたり  (完)