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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百二十號 大海嘯被害録(下) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百二十號 大海嘯被害録(下) - ページ 8

ページ: 8

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【上段】 見(けん)し抱きたる母の腕(うで)を漸々(やう〳〵)引(ひ)き離して助けたるが其兒も翌日(よくじつ)死 亡したり ○孝子(かうし)天助(てんじょ)を得  清水浜に一の孝女(かうぢよ)現(あらは)れたり盲人(もうじん)佐藤長次郎 の一女蓮は当時(たうじ)沖合(おきあひ)にて百雷轟く如き声(こゑ)を聞き長女某を抱(いだ)きた るまゝ|戸(と)を開き見れば五丈余なる大浪(おほなみ)の寄せ来(きた)る有さまに抱(いだ)き たる我子を捨て盲目(まうもく)なる父を背負(せお)ひ昨年夏頃より病蓐(びやうじょく)に呻吟 し居る母よしの片腕(かたうで)を引き之れを救(すく)ひ出(いだ)さんとするに母は蓮や 私(わし)は死んでもよろしいから早(はや)く坊(ぼう)を抱て迯(にげ)ろと云へど蓮は子供 抔(など)はいくらでも出来(でき)る早く逃(にげ)ろ〳〵と父を負ひ母を引出(ひきだ)さんとす る時|怒濤(どたう)一撃家|屋(をく)と蓮(れん)の長女を捲(ま)き去るに孝子の一|念(ねん)天亦之れ を助(たす)けしか父を負(お)ひ母を引きたる侭(まゝ)水(みづ)浅の方へ打|上(あ)げられ一子 を失ひたるも両親と自分(じぶん)は遂(つひ)に助(たす)かり遠近(おちこち)聞(き)く者其孝行を賞賛(しやうさん) せざるはなし(挿図参看) ○漁夫海嘯を知らず  清水細浦|地方(ちはう)は皆(みな)漁村(ぎょそん)にして当時(たうじ)は重(お) もに流網(ながしあみ)なるものを張(は)りて四五|里(り)の沖合(をきあひ)に鰤(ぶり)と鮪(しび)とを漁り黄昏 前|出(い)でゝ|翌朝(よくてう)帰(かへ)るを常(つね)とせり同夜(どうや)も黄昏|前(まへ)は海上(かいじやう)穏(おだや)かなりしか ば例(れい)の如(ごと)く漁業(ぎょうげう)に出(い)でたるに海嘯(かいしやう)の当時(たうじ)も激動(げきどう)などは少しも感(かん) ぜざりしが同夜(どうや)に限(かぎ)り何故(なにゆへ)か流網の落付かぬに一同不|審(しん)を起(おこ)し たれど斯(かゝ)る異変(いへん)のあらんとは露知(つゆし)らず翌朝(よくてう)帰(かへ)る途中(とちう)に於(おい)て膳椀(ぜんわん) さては材木桶樽などの流(なが)れ来(きた)るに遭(あ)ふて始(はじ)めて只事(たゞごと)ならぬを知 り帰(かへ)り来り此|有様(ありさま)を見て喫驚したりと云(い)へり    ●歌津村 ○幼童老杉に縋りて助かる  歌津村馬場の某方が挙家(きょか)激浪に 浚(さら)はるゝや九歳の男兒(をとこのこ)は浜育ち丈(だけ)ありて必死に泳(ぽよ)ぎ回れる内何 か障(さは)るものあるより之(これ)に取付きて間もなく潮水(てうすゐ)は引きしかど暗(くら) さは暗(くら)し何処とも分らねば其侭(そのまゝ)一夜を明したるに何(なん)ぞ図らん其 身(み)は四五丈もある老杉(ふるすぎ)の梢頭に縋付(すがりつ)き居るにて程|無(な)く救助の人 【下段】 々に漸(やうや)く取卸されたれば一|命(めい)に別条無きを得(え)たりしも両親(りやうしん)始め 全家(ぜんか)八人悉く死亡(しばう)したるよし ○婚礼の夜に婿のみ助かる  歌津村字伊里前の某は当夜(たうや)嫁を 迎(むか)へ一|家(け)親類|寄集(よりつど)ひて今しも三々九|度(ど)の真最中(まつさいちう)にドツト押寄(おしよ)せ たる海嘯(つなみ)の為めに花嫁(はなよめ)を始め一|家(け)来客悉く死亡(しばう)して花婿(はなむこ)一人の み助(たす)かりたる甲斐(かひ)も無く今は全(まつた)く発狂して只(たゞ)ゲラ〳〵と笑(わら)ひ居 ると云(い)ふ(挿図参看)    ●大谷村 ○幼女臼に覆はれて助かる  大谷村の畠山忠吉方は当夜(たうよ)押流 されて潰家(つぶれや)と為りしかば其三日目|即(すなは)ち十七日午後一時頃|人足(にんそく)が 右の破屋(はをく)を発掘(はつくつ)したるに忠吉等六|人(にん)の死骸(しがい)ありて其|傍(かたへ)に打伏せ ある臼(うす)を返(かへ)し見れば中に四歳の幼女(えうぢよ)蹲りて不思議に生息(せいそく)し居る より早速(さつそく)看護の手|当(あて)せしが同|家(け)にては右の幸運(かうゝん)なる女兒と十一 歳の女兒と二|人(にん)生存(せいぞん)せるのみなりと(挿図参看) ○盲人二名屋上に助かる  同村に盲人(まうじん)二名あり海嘯(つなみ)と聞(き)くや 手探(てさぐ)りに屋根(やね)へ攀登りて其(その)侭高地の方(ほう)へ押流(をしなが)されしも其屋根の 全(まつた)く崩壊せざりしが為(た)め孰(いづ)れも負傷だに無(な)く其生命を全(なつた)ふした るよし ○親子田畑を捨てゝ命を拾ふ  同村(どうそん)の小野寺治作とて相応(さうおう)の 金|満家(まんか)が当夜家族と共(とも)に流されて辛(から)くも流材に取付(とりつ)きたる折柄 幽かに佐藤団助なる者(もの)が其子(そのこ)と屋上に登(のぼ)りたるを認(みと)めてアハレ 人々|自分(じぶん)等を救ひ給(たま)はゞ後日|我(わ)が田畑は望(のぞ)みに任せて参(まへ)らせん と叫(さけ)びたれば団助父子は万死(ばんし)を冐し激浪(げきらう)の中を泳ぎ着(つ)きて治作 と八|歳(さい)の男兒とを我(わ)が屋上に救(すく)ひ揚げたりと云(い)ふ ○土器の音の如し  去る六月廿五日|早天(さうてん)より大谷村にて発見(はつけん) せし死骸(しがい)八つ其中小野寺亀吉の妻(つま)みよといへる者|手足(てあし)灰白色と なり叩(たゝ)けば土器の如き音する程に堅(かた)くなり目より額(ひたへ)にかけボツ