翻刻
【右頁中】
藤原義孝(ふぢはらのよしたか)
君(きみ)がため
をしから
ざりし
命(いのち)
さへ
ながくも
がなと
思(おも)ひけるかな
【右頁上】
此哥は後朝(こうてう)の哥也あはぬ
ほどはいのちにもかへてとおも
ひしに命(いのち)あればこそかくはあひ
たるなれ今はなほいのちをし
きよし也もつともあはれふか
かるべし心は大かたにあきらか
なれども思ひけるかなといへる
詞に見所あり人を思ふ心の
せつなるまゝにわが心のいつし
かながくもおもひ侍(はべ)ることもと
いふ所をよく見はべるへき
哥也とぞ此かなをばかへる
かなといふ也又ぬるかな
といふは過去(くわこ)のこゝろ
ありけるかなは当(たう)
意(い)の心也又ながくも
がなはながくもあれかし
なとねがふことば也
【左頁中】
藤原実方朝臣(ふぢはらのさねかたあそん)
斯(かく)とだに
えやは
いぶき
の
さしもぐさ
さしも知(し)らじな
燃(もゆ)るおもひを
【左頁上】
此哥かくとたにえやはいぶ
きとはわが思ひかくとばかり
えも云出(いひいで)しえぬといふこと也
云(いふ)をいぶきといひかけたり又
いふきのさしもぐさは江州(ごうしう)いふ【別刷は「ぶ」】
き山に生(おふ)るよもぎのことなり
さしもといはんためにいへり
心はわがおもひさしもくさの
もゆるがごとくなるもかくとば
かりえいはぬゆへにその人は
さしもしらじなしらせたしと
ひたすらに思ひつゞくるよし也
〇 季注(きちう)おのが思ひに身を
こかしつゝといひ又
身をややく
らんといふ
哥によりて
よめるなり
現代語訳
【右頁中】
藤原義孝(ふじわらのよしたか)
君がため
惜しから
ざりし
命
さえ
長くも
がなと
思いけるかな
【右頁上】
この歌は後朝の歌である。会わないうちは命にも代えてと思っていたが、命があればこそこうして会えたのだ。今はなお命が惜しいことよ。最もあわれ深いものである。心は大体において明らかであるが、「思いけるかな」と言った詞に見どころがある。人を思う心の切なるままに、わが心がいつしか長くもと思うことをよく見るべき歌である。この「かな」を「かえるかな」という。また「ぬるかな」というのは過去の心があり、「けるかな」は当意の心である。また「長くもがな」は「長くもあれかし」などと願う言葉である。
【左頁中】
藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)
かくとだに
えやは
いぶき
の
さしも草
さしも知らじな
燃ゆる思いを
【左頁上】
この歌「かくとだにえやはいぶき」とは、わが思いかくとばかりも言い出すことができないということである。「言う」を「いぶき」と言いかけている。また「いぶきのさしも草」は江州伊吹山に生えるよもぎのことである。「さしも」と言うために言ったのである。心は、わが思いはさしも草の燃えるようであるが、かくとばかりも言えないゆえに、その人はさしも知らないだろう、知らせたいとひたすらに思い続けるということである。○季吟注:「おのが思いに身を焦がしつつ」と言い、また「身をや焼かん」という歌によって詠んだものである。
英語訳
【Right Page Center】
Fujiwara no Yoshitaka
For your sake,
this life I thought
I would not
regret losing—
now I wish
it could last
forever.
【Right Page Top】
This poem is a "morning after" poem. While we were apart, I thought I would gladly trade my life for you, but it is because I have life that I was able to meet you like this. Now I find life even more precious. This is most deeply moving. The meaning is generally clear, but there is something worth noting in the phrase "omoi keru kana" (I have come to think). Given the intensity of loving someone, one should carefully observe how one's heart has come to wish for longevity. This "kana" is called "kaeru kana." Also, "nuru kana" expresses a past state of mind, while "keru kana" expresses present awareness. "Nagaku mo gana" is a phrase expressing a wish, like "may it be long."
【Left Page Center】
Fujiwara no Sanekata Ason
I cannot even say
"it is thus"—
like the artemisia
of Mount Ibuki,
you will never know
how my love burns.
【Left Page Top】
In this poem, "kaku to dani e ya wa ibuki" means that I cannot even say "my feelings are thus." "Iu" (to say) is played upon with "Ibuki." "Ibuki no sashimo-gusa" refers to artemisia that grows on Mount Ibuki in Ōmi Province. It is mentioned to allow the use of "sashimo" (so much). The meaning is: though my love burns like sashimo grass, because I cannot even say "it is thus," that person will never know how much—I desperately wish to let them know. ○ Kigin's annotation: This was composed based on poems that say "burning oneself with one's own thoughts" and "might my body be consumed."