翻刻
【右頁中】
和泉式部(いづみしきぶ)
あらざらむ
この世(よ)の
外(ほか)のおもひ
でに
今(いま)ひと
たびの
あふこともがな
【右頁上】
此哥は式部(しきぶ)【別刷はルビなし】わづらひける
ときしる人のもとへよみて
おくりし也あらざらんは存(ぞん)【別刷はルビなし】
命(めい)おぼつかなき也此世の外(ほか)【別刷はルビなし】
とは来(らい)世(せ)【別刷は「せ」のルビなし】をいふおもひでは
たのしみぐさに思ひ出(いで)【別刷はルビなし】ること
也心はわらは今かくわづら
ひてとてもながらへはつべう
も思はれねばせめては此よ
のほかなるほとけの国へゆき
てをり〳〵思ひでゝたのしみ
ぐさとなさんために今一ト
たびあふこともあれかしなとね
がひたる也此の女 房(ぼう)【別刷はルビなし】いづみの守
道貞(みちさた)がつまとなるよつていづ
み式部といふ詞書にこゝち
例(れい)【別刷はルビなし】ならずはべりける時人の
もとにつかはしけると有
【左頁中】
紫式部(むらさきしきぶ)
めぐりあひて
見しや
それとも
わかぬまに
雲(くも)がくれ
にし
夜半(よは)の
つきかな
【左頁上】
此哥の心はたびだちて
はる〴〵ありてかへりきたり
けるに道にて我(わが)【別刷はルビなし】見なれし
とものいまだそれとも見
もわかぬまに見うしなひし
をくもがくれせし月によそ
へよめる也 玄旨法印(げんしほういん)の
抄(せう)に曰人にあふてやがて
わかれたるさまさながら
ながむる月のにはかにくも
がくれせしごとくなり
とよめり人を
月にたとへて
いへることばづ
かひさらに
ぼんりよ【凡慮】の
およぶ所に
あらず
現代語訳
【右頁中】
和泉式部(いずみしきぶ)
もはやこの世にいなくなってしまった
この世の
外での思い出に
もう一度だけでも
逢うことが
あってほしい
【右頁上】
この歌は式部が病気をしたとき、親しい人のもとに詠んで送ったものである。「あらざらん」は命が危うく頼りないことである。「この世の外」とは来世をいう。「思い出」は楽しみ草として思い出すことである。心は「私は今このように病気をして、とても長生きできそうにも思われないので、せめてこの世を離れて仏の国へ行って、折々思い出して楽しみ草とするために、今一度逢うことがあってほしい」と願ったのである。この女房は和泉守道貞の妻となったため、和泉式部という。詞書に「気分がいつものようでなかった時、人のもとに遣わした」とある。
【左頁中】
紫式部(むらさきしきぶ)
巡り逢って
見たけれど
それとも
分からないうちに
雲隠れ
してしまった
夜半の
月よ
【左頁上】
この歌の心は、旅立ってはるばると行って帰ってきたが、道で自分の見慣れた友人にまだそれとも見分けがつかないうちに見失ってしまったのを、雲隠れした月に託して詠んだものである。玄旨法印の抄に言うには「人に逢ってすぐに別れた様子が、そのまま眺めている月が急に雲隠れしたようである」と詠んだ。人を月に例えて言った言葉遣いは、全く凡人の思慮の及ぶところではない。
英語訳
【Right Page Center】
Izumi Shikibu
When I am no longer
in this world,
as a memory
from beyond this life,
would that there might be
just one more
meeting.
【Right Page Top】
This poem was composed and sent by Shikibu to someone close to her when she was ill. "Arazaran" means that her life was precarious and uncertain. "This world's exterior" refers to the next world. "Omoide" means to recall as a source of pleasure. The meaning is: "I am now so ill that I do not think I can live much longer, so at least when I leave this world and go to the Buddha's land, so that I may recall it from time to time as a source of joy, I wish there could be one more meeting." This court lady was called Izumi Shikibu because she became the wife of Izumi no Kami Michisada. The headnote says "sent to someone when she was feeling unwell."
【Left Page Center】
Murasaki Shikibu (Lady Murasaki)
We met by chance
and I saw you, but
before I could tell
if it was really you,
you disappeared
behind clouds—
like the moon
at midnight.
【Left Page Top】
The meaning of this poem is: after traveling far away and returning, she encountered a familiar friend on the road but lost sight of them before she could properly recognize who it was, and she composed this poem comparing it to the moon hiding behind clouds. In the commentary by Genshi Hōin: "The way one meets a person and immediately parts is just like watching the moon suddenly hide behind clouds." The way of speaking that compares a person to the moon is completely beyond the reach of ordinary understanding.