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コレクション: 小倉百人一首

頭書和歌注譯/壽賀多百人一首小倉錦 - 翻刻

頭書和歌注譯/壽賀多百人一首小倉錦 - ページ 49

ページ: 49

翻刻

【右頁中】   二條院讃岐(にでうのゐんさぬき) 我袖(わがそで)は しほひに 見(み)えぬ 沖(おき)の 石(いし)の 人(ひと)こそしらね かはくまも なし   【右頁上】 此哥の心はしほ干(ひ)の時に もあらはれぬ海中(かいちう)の石(いし)のごと くうき人ゆゑによるひると なくなげきつゞけてわが袖(そで)の かた時かはくひまなきもおもふ 人はしらでなほよそ〳〵しくす ることよと也しほひに見へぬ とよくたとへいだしたる所 たへ也しかも哥のさま ものつよくしてあはれふかし 〇季注に曰人はしら ねどもかはく間(ま)も なしといふにはあら ずかはくまもな き思ひをいはでも 人はしるべきことなるに つれなくてなほ しらぬよし也 【左頁中】   鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん) 世(よ)の中(なか)は つね にも がもな 渚(なぎさ)こぐ あまの小舟(をぶね)の つなで悲(かな)しも 【左頁上】 此哥の 心はたゞ 世の中を つねになして 見侍らま ほしきものなり うき世はとにかくに 蜑(あま)のをぶねにうち はゆるつなでのあとも なきがごとくはかなきことのみ也 いとかなしきことにこそといへり あまをぶねのつなぎとめぬが ごとくをしき人の命(いのち)もつなぎ とめることのかたかるわが世のは かなきを目のまへにたとへた る哥なりつねにもがもなはかは らずしてあれかしな也かなしも はかなしくもあるかな也

現代語訳

【右頁中】 二条院讃岐(にじょうのいんさぬき) わが袖は 潮干に 見えぬ 沖の 石の 人こそ知らね 乾く間も なし 【右頁上】 この歌の心は、潮干の時にも現れない海中の石のように、恋い慕う人のゆえに夜昼となく嘆き続けて、わが袖が片時も乾く間がないのも、思う人は知らずに、なおよそよそしくすることよ、ということである。「潮干に見えぬ」とよく例え出した所が優れている。しかも歌の様子は力強くして哀れ深い。 ○季吟の注に言う。「人は知らないけれども乾く間もなし」ということではない。「乾く間もない思い」を言わなくても人は知るべきことなのに、冷淡でなお知らぬふりをする、ということである。 【左頁中】 鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん) 世の中は 常に もがもな 渚漕ぐ 海人の小舟の 綱手悲しも 【左頁上】 この歌の心は、ただ世の中を常なるものにして見たいものである。浮き世はとにかく、海人の小舟に打ち張る綱手の跡もないがごとく、はかないことのみである。とても悲しいことであると言っている。海人の小舟の繋ぎ止めないがごとく、愛しい人の命も繋ぎ止めることが難しいわが世のはかなさを、目の前に例えた歌である。「常にもがもな」は変わらずにあってほしいな、ということである。「悲しも」ははかなくもあるかな、ということである。