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コレクション: 小倉百人一首

頭書和歌注譯/壽賀多百人一首小倉錦 - 翻刻

頭書和歌注譯/壽賀多百人一首小倉錦 - ページ 8

ページ: 8

翻刻

【右頁中】   蝉丸(せみまろ) 是(これ)や此(この) ゆくも かへる も 別(わか)れては しるも知(し)らぬも あふさかの関(せき) 【右頁上】 此哥はゆくものかへるものしれ るものしらざるものしばらく わかれさまよひ生死(せうし)の関(せき)を 思ひては出すしかれども法性(ほつせう) の都(みやこ)へいたらんには此関を思ひ てはあひがたしと世の中をかんじて よみけるならし後撰(ごせん)ことはがきに あふさかの関に庵室(あんしつ)をつくり て住(すみ)はへるにゆきかふ人を見てと あり是や此とはあふ坂の関に おちつく五もじ也 表(おもて)は旅客(りよかく)の往(わう) 来(らい)のさまにて裏(うら)は会者定離(えしやでうり) の心也 【左頁中】   参議(さんぎ)篁(たかむら) 和田(わだ)のはら 八十島(やそしま) かけて こぎ出(いで)ぬと 人(ひと)にはつげよ あまのつり舟(ぶね) 【左頁上】 此哥 古今(こきん) 詞(ことば)書(かき)におきの 国へながされ ける時舟にのり て出立とて京 なるひとのもとに つかはしけるとあり 心はまづわだの原(はら)といひいで たるさまあはれふかきにやわだの はらとは海原(うなばら)のことにて大かたの 人だに海路(うなぢ)【別刷は「うなち」】のたひにおもむく べきはかなしかるべきにましてや是 は流人(るにん)となりおほくのしま〴〵 を経てしらぬ浪(なみ)ちをわたる 心ぼそさたとへがたくかへる つり舟あまの心なきもの に此ありさまをつけてよ とわびたるかなしさいはんやうな

現代語訳

【右頁中】  蝉丸 これやこの 行くも 帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 【右頁上】 この歌は、行く人も帰る人も、知っている人も知らない人も、しばらく別れさまよい、生死の関所を思って詠んだものである。しかし法性の都(仏の世界)に至ろうとするなら、この関所を思ってはなかなか到達し難いと、世の中を感じて詠んだものらしい。後撰和歌集の詞書きに「逢坂の関に庵室を作って住み続けているが、行き交う人を見て」とある。「これやこの」とは逢坂の関に落ち着く五文字である。表の意味は旅人の往来の様子であるが、裏の意味は会者定離(出会った者は必ず別れる)の心である。 【左頁中】  参議篁 和田の原 八十島 かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り舟 【左頁上】 この歌は、古今和歌集の詞書きに「隠岐の国へ流されたとき、舟に乗って出立する際に、京にいる人のもとに送った」とある。歌の心は、まず「和田の原」と言い出した様子が哀れ深い。和田の原とは海原のことで、普通の人でさえ海路の旅に向かうのは悲しいことであろうに、まして、これは流人となって多くの島々を経て、知らない波路を渡る心細さは例えようもない。帰りの釣り舟や海人の心ないものに、この有様を告げてくれと嘆いた悲しさは言いようもない。