翻刻
【右丁】
いく野の道の 天の
大江山 とほければまだ 橋立
ふみもせず
小式部は和泉式部が女也母和泉式部は保昌といふ人
にそひて丹後の国に行きてて■ゐられけるころ京にて 小式
哥合ありて小式部もその人数のうちにめしくはへ
られければ中納言定頼といふ人大内にて小式部 部
の房に来てさて此たひの哥合のうたはよみ給ひし
や母上が京にゐられねば手つだひてもらふことも
なるまい丹後に人を人をよはされしか■■■■便にはあ
りしかさそ心もとなくおもひ給はんとたわむれに
いひて立かへらんとし給ふを引きとめてよまれし哥
なり■■■は母のゆきてゐまする丹後は大江山 内
といふ大きな山やいく野といふひろき道を過て
ゆく遠方のことゆゑかのくにへゆきましたわれはまた 侍
一度のふみも見ませぬと也天橋立をふんでみた
こともないといふを文も見ぬにかけたる也
【右丁】
古の奈良の都の八重桜
けふ九重に匂ひ ぬるかな
此哥は奈良の八重さくらをある人が
に伊勢大輔御哥
花を題にて
奈良に
御所 桜もかやうの をえて
にてはやされて色つや
みゆるかなとなり
九重 八重と申す八重ざくらといふ
より九重とかけて歌のあやを
おく也