東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト 3

小倉百人一首 - 翻刻

小倉百人一首 - ページ 44

ページ: 44

翻刻

【右丁】  夜を   鳥の    よに逢坂の   こめて  そらねは  関は          はかるとも ゆるさじ 大納言行成卿ある時清少納言のもとへゆきて物語な どして■■■ころに大内へ参ることありとていそぎ   清少 給て翌朝清少のかたへよべは庭鳥のこゑにさい      納言 そくせられて■■■■帰りしとたはぶれにいいやり給ひ けるに清少よりまだ明がたにもならぬさきに鳴ました にわとりはかのもろこしの函谷関のことでありますか とこたへありければ行成卿よりお■かへして函谷関 のこと■■■逢坂の関のこと也 と■■■■■■■■■■■■■■■■■■むかし ■■■孟嘗君といふ人が■るさには鳥のう そなき■■■■■函谷関のといふ関をはたばかりて   ■■■■■■■■■■■庭鳥のまねをしてたばか りなさるとも■と■のあふ中の関はかてん    いたるまいと也函谷関のことはことながければしるさず 【左丁】  今はたゞ   とばかりを  いふよし     おもひ   人伝     も      たえなむ  ならで   がな これはある姫宮にしのびてかよひ 給ひけるを上にもきこしめしてその         左京 姫宮に人を■■■て給ひければ しのびて逢給ふこともかなはずなりて         太夫 読み給ひし哥也心はかやうにむづかしく なりてとても是までのやうにあひける 事はならねばせめての事に今一度あ ひてもう一向にさつはりと思ひきら         道 うといふことゞもなりとも人伝でに 直にいふやうなしかたもあれかしと也         雅