翻刻
【右頁白紙左頁上段】
何れも床上(せう〴〵)二尺より四尺位の浸水(しんすゐ)となり戸障子(とせうじ)の推し流さるゝ
もの家壁(かへき)の崩れて簀(す)の子をあらわすものあるが中(なか)に老幼婦女(らうえうふじよ)の
救ひを呼ぶ叫喚(けうくわん)の声 宛(さな)から津嘯(つなみ)の惨状も斯くやと思はろゝ計り
なり左れば神子田(みこだ)、鉈屋両町(なたやれうてう)にては取敢へず小舟(せうしう)を使用して老(らう)
幼婦女(えうふじよ)を永泉寺、円光寺等(えんくわうじとう)に送りて難(なん)を避けしめたり市内(しない)にて
浸水の害を被(こふ)りしは青物町、仙北町(せんほくてう)、川原町、鉈屋町(なたやてう)、神子田町、
八幡町(やはたてう)、餌差小路(えさしこうぢ)、小人町(こびとてう)、川原小路、馬場鷹匠小路(ばゝたかせうこうぢ)、多賀(たが)、
寺の下、加賀野、大沢川原、仁王、上田組町(うへだぐみてう)、三戸町、長町等(ながまちどう)
にして此内家屋(このうちかをく)迄を浸したる分を挙れば仙北町(せんほくてう)二十五戸、同組(どうくみ)
町(てう)百戸、川原町(かはゝらてう)百戸、鉈屋町(なたやてう)二百五十戸、神子田町(みこだてう)百戸、多賀(たが)
町(てう)三十戸、大沢川原小路七戸、八幡町(やはたてう)廿三戸合して六百三十八
戸なりと
各川(かくせん)の出水 北上川(きたかみかは)の出水は一丈五尺餘、中津川(なかづがは)は同七尺、
雫石川は同八尺 餘(よ)にして川原町附近(かはゝらてう)の杉土手亦た水勢(すゐせい)の侵入を
受け三尺 町(まち)の長屋は水勢 其軒頭(そのゝきさき)迄達し馬場鷹匠小路(ばゞたかぜうてう)何れも路上(ろぜう)
は水 満々(まん〳〵)たり北上川 沿岸(えんがん)の並木の根こぎに浚(さら)はれたる者多く又
他の数多(あまた)の流木続々(りうぼくぞく〳〵)相重なりて漂流(へうりう)し来れるものが前後(ぜんご)に衝き
当りたる為め左なきだに水切柱(みづきりはしら)の備なき夕顔瀬橋(ゆうがほせばし)は同十二時頃
に至りて物(もの)の見事(みごと)に落橋し続きて其下手(そのしたて)なる停車場に通(つう)ずる開(かい)
運橋(うんばし)も亦午前二時三十分に至りて落橋(らくけう)したり又被害(ひがい)の最も甚し
き河原町(かはゝてう)、鉈屋町、神子田其他(みこたそのた)の各町にありては大小便井戸下(だいせうべんゐどげ)
水堰等(すゐせきとう)ゴタ〳〵になりたる為め飲水料(いんすゐれう)の困難のみならず差当り
食物に差支(さしつか)へたれば焚(た)き出(だ)を供し居れり仙北町組町(せんほくてうくみてう)なる古枡形
に於て三戸は流失(りうしつ)し一戸は流潰せしが明治橋は流失の難(なん)を免か
れたり其他各郡(そのたかくぐん)何れも水害(すゐがい)を被りし模様(もやう)なり
紫波郡郡山 同所(どうしょ)にては近傍(きんばう)の諸水一時に集合(しふがう)し来りし者と
見え水勢(すゐせい)の尤も激(はげ)しかりし時には平水(へいすゐ)より高きこと一丈五尺沿岸(えんがん)
【左頁下段】
の田園家屋皆悉(でんえんかをくみなこと〳〵)く水中に没して一 望湖漫(ばうびまん)として大海の如き状(ぜう)を
呈せり之に加ふるに暴風雨(ばうふゝう)と輿(とも)に来り樹梢を折り屋瓦(をくぐわ)を飛ばし
藁小屋(わらこや)の如きは空中(くうちう)に吹きとばさんとする程なりき父老(ふらう)の言に
よれば明治(めいぢ)八年の洪水(こうずゐ)も随分甚しかりしが今回(こんくわい)の如き大洪水は
七十 年來(ねんらい)始めてなりと其の増水(ぞうすゐ)の時期は恰かも夜半(やはん)なりしを以
て一 層(そう)の困難(こんなん)を極めしが警察(けいさつ)の手配の宜しき為め死傷(しせう)なかりし
は幸なり亦被害人民(またひがいじんみん)も例年洪水(れいねんんこうずゐ)の経験あることとて荷物(にもつ)を二階に
移し或は天井裏(てんじううら)につり又危険なる家屋(かをく)に住する者は早く立退(たちの)き
たる抔(など)左して狼狽(らうばい)みせざりき水退(みづのき)の後 道路(だうろ)の此処其処に缺陥(けつかん)を
生じ又基礎脆弱(きそぜいじやく)なる家屋の如きは柱傾(はしらかたむ)きて今一揺りにて揺(ゆ)り
倒(たふ)されんとするもあり何れも畳(たゝみ)を出し器具(きぐ)を引出して乾燥(かんそう)し居
れるが兎角天候(とかくてんこう)の定まらずして細雨(さいう)の襲ひ来るには閉口し居れ
り
○再度の水害(すゐがい) 九月七日より引続(ひきつゞ)き降雨にて十日夕諸川暴漲(ゆうしよせんばうてう)
北上川出水(きたかみかはしゆつすゐ)、盛岡市明治橋際量水標(もりをかしめいぢばしきはれうすゐへう)にて一丈二尺餘、盛岡市浸
水家屋三百五十七、其他建物(そのたゝてもの)三百八十二、盛岡以北北国道筋(もりをかいほくこくだうすぢ)二戸
郡内(ぐんない)に架したる瀧見橋(たきみばし)、稲荷橋流失 又鉄道線路(てつだうせんろ)鳥越遂道近傍山
崩 古摩古間木停車場間(こまこまぎすてーしよんかん)汽車不通、毬岡以南国道筋「チウリヨチ」
破損、秋田街道筋橋二 流失(りうしつ)せり
其後又々(そのごまた〳〵)十九日よりの大雨(だいう)にて北上川、雫石川増水(しづくいしがはぞうすゐ)し又盛岡停
車場に通ずる貝売橋流失(かいうりばしりうしつ)し猪沢郡にては家屋(かをく)に浸水し耕地等(かうちとう)の
被害(ひがい)甚しく江差は通行(つうかう)止り、午後(ごゝ)一時盛岡市内 夕顔瀬橋落(ゆうがほはしお)ち其
他海運橋、明治橋(めいぢばし)も甚だ危険(きけん)にして巫田町(みこだてう)、鉈屋町、瓦屋町停車(かはらやてうていしや)
場前等(ばまへとう)の家屋に浸水せり
稗貫郡 花巻(はなまき) 花巻は豊堺川(ほうかいがは)、瀬川、北上川(きたかみかは)の三川に包囲(はうゐ)せられ
居る所なるが三 川共皆横溢(せんともみなおういつ)して殊に北上の如きは一丈四五尺も
増水(ぞうすゐ)し滔々濁波(たう〳〵だくは)をあげて市街に突貫(とつくわん)し来れり此より先き既(すで)に盛