翻刻
しめたまふ此時(このとき)始(はじ)めて此(この)海中(かいちう)に熱湯(ねつたう)沸出(わきいた)して漁鱗(ぎょりん)介甲(かいこう)み
な爛死(らんし)するを発見(はつけん)せりと准后(じゅごう)親房(ちかふさ)の記(き)に伊豆(いづ)風土記(ふとき)を引(ひい)
て云(いは)く人皇(にんわう)四十四|代(だい)元正天皇(げんせうてんわう)養老(ようろう)年間(ねんかん)開基(かいき)すと而して其(その)
説(せつ)また未(いま)だ詳(つまびら)かならず其後(そののち)天平勝宝(てんぺうせうほう)元年(ぐわんねん)己丑(きちう)箱根山(はこねさん)金剛(こんごう)
王院(わういん)第(だい)四|祖(そ)万巻上人(まんぐわんせうにん)《割書:上人洛陽の人沙彌智仁の子嘗て方広経一万|巻読誦満足す故に世人呼て万巻上人といふ》
《割書:此年常陸鹿島の神宮寺を建つ弘仁七年嵯峨天皇の詔に応し上洛する|の途中三州楊那郡に至り俄に遷化す世寿七十九歳箱根桑原村に葬む》
《割書:ると|いふ》斯(かヽ)る霊湯(れいとう)の空(むな)しく海中(かいちう)に流散(りうさん)するを惜(おし)み且(か)つ鱗介(りんかい)の
之(これ)が為(ため)に爛死(らんし)するを愍(あわ)れみ其(その)泉脈(せんみゃく)を尋(たづ)ねて之を山腹(さんふく)に移(うつ)
し開(ひら)き其(その)傍(かたはら)に少彦名神(すくなひこなのかみ)を祭(まつ)り薬師佛(やくしぶつ)を本地(ほんち)として湯前(ゆのまへ)権(ごん)
現(げん)と称(せう)せりと其(その)泉?(ゆ)は?則ち大湯(おほゆ)にして権現(ごんげん)の社(しゃ)今(いま)に現存(げんそん)す
其後(そののち)宇多天皇(うたてんわう)の寛平(くわんぺい)四年|壬子(じゅんし)紀(き)の長谷雄(はせを)當國(たうこく)の守(かみ)として
此地(このち)に来(きた)り泉原(せんげん)を探(さぐ)らんと欲(ほつ)して深(ふか)く地底(ちてい)を穿(うが)たしめし
に数仞(すじん)にして大石(おほいし)の面(おもて)に数穴(すけつ)蓮房(れんぼう)の如(ごと)きものあるを見(み)る
のみ終(つひ)に其(その)源(みなもと)を究(きわ)むること能(あた)はずして止(や)むといふ此(この)他種(たしゅ)
種(しゅ)の里説(りせつ)ありと雖(いへ)ども多(おほ)くは是(こ)れ妄誕不稽毫(もうたんふけいごう)も記取(きしゅ)する
に足(た)るものなし
○温泉(おんせん)原地(げんち) 昔(むかし)は七|湯(とう)と称(せう)す即(すなは)ち大湯(おほゆ)。清左衛門湯。小澤(こさわ)湯。
風呂(ふろ)の湯。河原(かはら)湯。左冶郎の湯。野中(のなか)の湯。是なり而て今(いま)は處々(しょ〳〵)
に新泉(しんせん)湧出(ゆしゆつ)し即(すなは)ち水(みづ)の湯。高砂屋(たかさごや)の湯。枡屋(ますや)の湯。勘兵衛湯。樋(ひ)
口(くち)の湯。古屋(ふるや)の湯。小林屋の湯。《割書:以上明治十一年|の調査に係る》小松(こまつ)の湯。坂本屋(さかもとや)
の湯。尾張屋(をはりや)の湯。吾妻屋(あづまや)の湯。伊勢屋(いせや)の湯。小川(おかは)の湯。隠居玉屋(いんきょたまや)
の湯。中玉屋(なかたまや)の湯。丸登屋(まるとや)の湯。初島屋(はつしまや)の湯。喜作(きさく)の湯。《割書:以上明治十|八年一月の》