翻刻
す時(とき)年(とし)八十五|萬治(まんじ)二年|秋(あき)勅謚(ちょくし)して神光(しんこう)寂照(じゃくせう)禅師(ぜんじ)と曰(い)ふ明
治十二年十一月|更(さら)に勅(ちょく)して圓鑑(ゑんかん)國師(こくし)の號(ごう)を賜(たま)ふ《割書:和尚の未だ|出家せざる》
《割書:後醍醐天皇に仕へて力を中興に盡されしこと|は已に世人周く知る所なれはこヽに贅せす》和尚(おせう)の伝衣(でんえ)絽|金(きん)の
七|條(でう)一|肩(けん)あり寺(てら)什宝(じうほう)となす《割書:近年福岡孝悌君藤房卿の塑像一躯|を寄附す又吉井友實君寄附する所》
《割書:の畫像一幅あり倶に官服の上に|法衣を着し古雅幽致愛観すへし》又(また)中興(ちうこう)雲居(うんご)國師(こくし)の九條衣(くでうえ)及(およ)び
念珠(ねんじゅ)を蔵(ぞう)す《割書:雲居の伝は興禅|寺の下に略記す》門頭(もんどう)に古(ふるき)松(まつ)一株(ひとかぶ)あり幽翠(ゆうすい)人(ひと)を襲(おそ)
ふ伝(つた)へて開祖(かいそ)の手植(てうえ)となす《割書:諸家の詠歌詩|文等頗る多し》庭前(ていぜん)に開祖(かいそ)の碑(ひ)を
建(た)つ銘(めい)并(ならび)に序(じょ)は京都(けうと)知恩院(ちおんいん)徹定(てつでう)上人(せうにん)の撰(せん)にて篆額(てんがく)は大相(だいせう)
國(こく)三|條(てう)梨堂(りだう)公書(こうしょ)は予(よ)の悪筆(あくひつ)なり碑陰(ひいん)に二‘文(ぶん)を勒(ろく)す一は増(ぞう)
上寺(ぜうじ)行誡(げうかい)上人(せうにん)一は亡友(ぼうゆう)成島(なるしま)柳北(りうほく)なり《割書:此婢初め明治十一年に建|つ翌年震災に罹て頓碎す》
《割書:同十七年春贈大相國岩倉公之を惜て再建の事を成島柳北田中平八二|人に屬す二人又予に謀る乃ち三人協力して之を再建す其資は悉皆平》
《割書:八之を出す然るに刻成て建るの日は岩倉公既に薨じ柳北平八|二人また逝き予一人のこれり誠に今昔の感に堪えざるなり》門前(もんぜん)
に古井(ふるゐど)あり三點水(さんてんすい)と名(なづ)く蓋(けだ)し唐(とう)の悟達(ごたつ)が霊水(れいすい)を三|點(てん)して
奇疾(きしつ)を治(ち)せしといふ故事(こじ)に依(よ)り雲居(うんご)の命ずる所(ところ)にして熱(あた)
海(み)第一(だいいち)の甘泉(かんせん)なりといふ支坊(しぼう)慈照庵(じせうあん)上宿(かみしゅく)にあり俗(ぞく)に湯河(ゆが)
原堂(はらだう)と称(せう)し本尊(ほんぞん)地蔵(ぢぞう)大士(だいし)を安(あん)ず相伝(あいつた)ふ治承(ぢぜう)年間(ねんかん)右大将(うだいせう)頼(より)
朝(とも)の開創(かいそう)に係(かヽ)ると延宝(ゑんほう)二|年(ねん)江戸(えど)の人(ひと)久保田(くぼた)某(なにがし)また堂宇(だうう)を
興(おこ)す而(しか)して今(いま)の堂(だう)は安政(あんせい)中(ちう)温泉(おんせん)寺主(じしゅ)雪源(せつげん)其(その)檀越(だんをつ)石渡(いしわた)喜右(きう)
衛門(ゑもん)等(とう)の諸氏(しょし)と謀(はか)りて建(たつ)る所(ところ)なり《割書:平澤悌侯か撰する所の温泉|寺記一篇あり本尊に蔵せり》
○興禪寺(こうぜんじ)【朱点付】和田村(わだむら)念佛山(ねんぶつやま)の麓(ふもと)にあり海岸山(かいがんざん)と称(せう)す温泉寺(おんせんじ)
と同(おな)じく圓鑑(ゑんかん)國師(こくし)の開創(かいそう)に係(かヽ)る寛永(くわんゑい)年間(ねんかん)雲居(うんご)國師(こくし)中興(ちうこう)す
雲居(うんご)國師(こくし)年譜(ねんふ)を按(あん)ずるに師(し)諱(いみな)は希膺(きよう)土佐(とさ)の人(ひと)十五|歳(さい)にし