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コレクション: STAGE1

熱海獨案内 全 - 翻刻

熱海獨案内 全 - ページ 36

ページ: 36

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《割書:むべし|となす》境内(けいだい)に太田(おほた)駒千代(こまちよ)の墓(はか)あり駒千代(こまちよ)は左衛門尉(さゑもんのぜう)道灌(だうくわん) の玄孫(げんそん)にして旧(きう)掛川侯(かけがわこう)の祖(そ)新六郎(しんろくろう)重正(しげまさ)の兄(あに)なり永禄(ゑいろく)七年 八月|当寺(とうじ)の境内(けいだい)に自殺(じさつ)す時(とき)年(とし)僅(わづか)に十四|歳(さい)なりしと云ふ又(また) 峨山(がさん)竹院(ちくいん)二|師(し)の墓(はか)あり竹院(ちくいん)は鎌倉(かまくら)圓覚寺(ゑんがくじ)に住(じう)し峨山(がさん)は東(とう) 亰(けう)麟祥院(りんせういん)の中祖(ちうそ)と称(せう)し倶(とも)に一時(いちじ)の高僧(かうそう)なりと云ふ明治(めいぢ)十 四|年(ねん)本寺(ほんじ)と倶(とも)に之(これ)を大久保(おほくぼ)の地(ち)に移(うつ)す ○潮音寺(てうおんじ) もと和田村(わだむら)に在(あ)り妙心寺(めうしんじ)の末(まつ)なりしが近年(きんねん)廃(はい) 絶(ぜつ)して其跡(そのあと)もまた求(もと)め難(がた)し ○大乗寺(だいぜうじ)【朱点】本町(ほんてう)湯前社(ゆぜんしゃ)の上(かみ)にあり通廣山(つうこうさん)と称(せう)し日蓮宗(にちれんしう)三(み) 島駅(しまえき)本覚寺(ほんかくじ)末(まつ)なり此寺(このてら)もと眞言(しんごん)の道場(だうぜう)なりしに弘長(こうてう)二年 の春(はる)日興(につこう)上人(せうにん)《割書:日蓮法嗣|六人の一》来(きた)り住僧(ぢうそう)行満(げうまん)を化度(けど)し衣(ころも)を更(か)へ宗(しう)を 転(てん)ぜしむ此(こゝ)に於(おゐ)て行満(げうまん)名(な)を日行(にちげう)と改(あらた)め興(こう)を請(せう)して開祖(かいそ)と し自(みづか)ら第(だい)二|世(せ)に居(お)れり時(とき)に日蓮(にちれん)上人(せうにん)当国(たうごく)伊東(いとう)に謫居(たくきょ)せら れ此(この)盛事(せいじ)を聞(き)き嘗(かつ)て四十二|歳(さい)の容貌(ようぼう)を水鏡(みづかゞみ)に写(うつ)し自(みづ)から 刻(きざ)みたる所(ところ)の肖像(せうぞう)を興(こう)に付与(ふよ)し当寺(たうじ)に安置(あんち)せしめらる今(いま) 本尊(ほんぞん)前(ぜん)に安置(あんち)するもの是(これ)なり又(また)日蓮(にちれん)《割書:弘安の歳|月を記す》日新(につしん)《割書:文明の歳|月を記す》 二|師(し)の書(しょ)せし曼荼羅(まんだら)を蔵(ぞう)す本堂(ほんだう)の後(うしろ)直(たゞち)に登(のぼ)る石階(いしだん)数(す)十|級(きう) 七|面祠(めんし)あり眺望(てうぼう)極(きわめ)て佳(よ)し境内(けいだい)に朝川(あさかは)黙翁(もくおう)の墓(はか)あり門前(もんぜん)に 其子(そのこ)善庵(ぜんあん)が建(たて)る所(ところ)の碑(ひ)あり文(ぶん)は亀田(かめだ)鵬斎書(ほうさいしょ)は大窪(おほくぼ)天民(てんみん)篆(てん) 額(がく)は増山(ますやま)河州(かしう)なり梵鐘(ぼんせう)あり文化(ぶんくわ)年間(ねんかん)鋳(い)る所(ところ)といふ ○誓欣院(せいごんいん)【朱点】法界山(ほうかいさん)と称(せう)し上宿(かみしゅく)にあり昔(むかし)は眞言宗(しんごんしう)にて道光(だうこう) 寺(じ)と称(せう)す天正(てんせう)の頃(ころ)浄土宗(ぜうどしう)僧(そう)善譽(ぜんよ)誓欣(せいごん)上人(せうにん)来(きた)り中興(ちうこう)して明(めう)