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コレクション: STAGE1

熱海獨案内 全 - 翻刻

熱海獨案内 全 - ページ 37

ページ: 37

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珠庵(じゅあん)といふ後(のち)に村民(そんみん)その徳(とき)を慕(した)ふて誓欣院(せいごんいん)と呼(よ)びしとぞ 今(いま)は東京(とうけう)増上寺(ぞうぜうじ)の末(まつ)となる寛政(くわんせい)年中(ねんちう)住僧(じうそう)聴察(てうさつ)村長(そんてう)今井(いまゐ)半(はん) 大夫(だいふ)に謀(はか)り寺(てら)を今(いま)の地(ち)に移(うつ)し《割書:もと湯前社の|ひとりにあり》東京(とうけう)蟠龍寺(ばんりうじ)知本(ちほん) 律師(りつし)を請(せう)す本(ほん)これを長泉院(てうせんいん)の徳門(どくもん)普寂(ふじゃく)和尚(おせう)に譲(ゆづ)り始(はじ)めて 律場(りつぜう)となし寺域(じいき)を結界(けつかい)す本尊(ほんぞん)阿弥陀仏(あみだぶつ)相伝(あいつた)ふ恵心(ゑしん)僧都(そうづ)の 作(さく)にし千葉(ちば)常胤(つねたね)の持念仏(じねんぶつ)なりしと隷(れい)する所(ところ)の観音堂(くわんおんだう)荒(あら) 宿(じゅく)にありもと観音(くわんおん)の銅像(どうぞう)百|体(たい)を安(あん)ず《割書:昔は臨江亭と称し又随心|庵と曰ふ蓋し僧随心の開》 《割書:創に係るを以てなり竹洞の随心庵記一篇扶桑|名賢文集に見ゆと云へり予未だ之を検せず》近年(きんねん)屡々(しば〳〵)火災(くわさい)に罹(かゝ) り今(いま)僅(わづか)に数躯(すうく)を存(そん)すといふ ○御用邸(ごようやしき)【朱点付】新宿(しんじゅく)の南(みなみ)新横町(しんよこてう)に在(あ)り明治(めいぢ)廿一|年(ねん)新(あらた)に造営(ぞうゑい)の 功(こう)を竣(しゅん)せらる此地(このち)旧(もと)御殿地(ごてんち)と称(せう)す伊豆誌(いづし)に曰(いはく)猷廟(ゆうべう)《割書:徳川三代|将軍家光》 温泉(おん)【タイプミス】に浴(よく)せんと欲(ほつ)し玉(たま)ひ寛永(くわんい)三|年(ねん)佐久間氏(さくまうじ)に命(めい)じて之(これ)を 営(え)せしむ既(すで)に成(な)る適々(たま〳〵)事(こと)ありて台駕(たいが)遂(つい)に臨(のぞ)まず後(のち)令(れい)して 毀(こぼ)たしむ是(これ)より先(さ)き慶長(けいてう)九|年(ねん)三月|神祖(しんそ)五郎太丸(ごろうたまる)義利(よしとし)長福(てうふく) 丸(まる)頼宜(よりのぶ)を携(たづさ)へられ京(けう)に上(のぼ)り玉(たま)ふ時(とき)熱海(あたみ)を経過(けいくわ)し温泉(おんせん)に浴(よく) したまふこと一七日|猷廟(ゆうべう)この例(れい)を追(お)ひ玉(たま)ひしにやと当時(とうじ) 造営(ぞうゑい)に関(くわん)せし図書類(としょるい)渡邊氏(わたなべうじ)に蔵(ぞう)せりといふ予(よ)内田氏(うちだうじ)が蔵(ぞう) せる写本(しゃほん)に就(つい)て之(これ)を見(み)たり其地(そのち)五|反餘(たんよ)熱海村(あたみむら)の中央(ちうわう)にあ たり平坦(へいたん)にして眺望(てうぼう)殊(こと)に佳絶(かぜつ)なり而(しか)るに今(いま)また壮観(そうくわん)の高(こう) 樓(ろう)を建営(けんゑい)し皇室(くわうしつ)の御用邸(ごようてい)となさせられたれば風色(ふうしょく)さらに 光彩(こうさい)を添(そへ)て土地(とち)いよゝ|潤沢(じゅんたく)を増(ま)せり西北(せいほく)老樹(ろうじゅ)列(つら)なり茂(しげ)り 其外(そのそと)に溝(みぞ)を回(めぐ)らせし跡(あと)あり《割書:此辺里俗堀と称す倶に|宮内省の御用地となる》