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間無対面福永心に思ふ様我苟しも人界に生を受君臣
の義を違へす君を諌る甲斐もなし却て不興を蒙る事
無念至極に思へ共是も先世の事なれは悔も更 不残/(本ノマヽ)【四字右に注記】伝へ
聞は伊東殿は未先非を悔給はす今一度境目を打越
発向せんと企有よしを聞御家の滅亡不遠君辱しめらるゝ
時は臣死すといふ事あり家臣として今一度諌さらんも恥
辱の至成へしと一通の諌言状を認め態と名字は書さり
けり夜半に紛れて伊東殿の館へ忍行門前に立置宿
所をさしてそ帰けるとにもかくにも此福永の所存のほと
天晴なる勇士やと誉んものこそなかりけり
一去間夜もほの〳〵と明けれは番の者共是を見て伊東殿に
参らす義祐披て熟々見て是は定て福永か仕業也と覚たり去は
社とよ福永は決定逆心と覚たり我三ケ国を打平け栄花に
盛んと思ひ立合戦に種々の手便【?】をめくらし押留んとの心中は
返す〳〵も気遣也定て義久方へも内通したるへし時刻不移
討て捨よと下知をなす稲津左衛門川崎民部を大将にて
究竟の兵五百余人差遣す爰に内山の城主野村備中守
重綱と云は福永か為には少し親類なれは中々心を置恨られ
ては叶まし大将に頼んと此由斯と触けれは畏 り隠【住ヵ】/(本ノマヽ)【四字右に注記】城し五常
の道をむねとして仮にも非義を不行主君の悪逆有時は
己か身の上をも不顧諌をなす忠人也然るに依て三年か程
不興蒙り閉門す今更か様に誅伐を蒙る是偏に唐の