翻刻
せざれば。風頗【?】多しかるがゆへに此国中秋耕し冬種
蒔春耘夏□む六月より九月迠□農業を事とせず
となり農具は大抵日本製を用ゆ殊に鋤鍬(すきくは)などは。
琉球にて作る物は鉄/鈍(にぶ)くして用に堪ずとなり。高田は天水
を湛(たゝ)へ下田(■ほた)【フリガナ一部不明】は次第/低(びく)にして。泉を引て下し漑(そゝ)ぐ。入江に河
などいづれも鹵入(しほいり)なる故田地の用水になり難しとぞ
○屏風附伊呂波
此国にて用ゆる屏風は四枚折なり。上に文行忠信。
春夏秋冬などの四字を大字に一字宛書。其下に
上の大字とは懸はなれたる詩を。二くだりに書となん。
附ていふ国中の貴賤通用するいろは仮名は為朝の子。
舜天王の時より始るといふ此国人漢文を読には。
日本の如く。訓点をほどこすとなり。此二条。上に言
落したる故爰に記す
東都 冨岡手暠校正
同 一立齋廣重図
跋
大樹の陰高く繁茂して常磐に
さかえ日の光普く万国を照らし
四海の浪平につゝみを調へ風木末を鳴
して太平を唱哥うたふ実にも尊き
皇国の始る御代を仰かんとて今歳
嘉永三戌のとし中山国王より恩謝
の使臣東都に来聘す古より我朝へ
貢を奉献する事ほゝ少からすされは
其国の風俗状態等をあらかしめ著述
せし書数品ありと雖詞□言葉ある