翻刻
○恩謝使略
皷川浸筆に曰慶長十四年己酉薩州之大守島津
家久台命を蒙りて軍を与し其無礼の罪を討其老
臣樺山権左エ門久高平田太郎左エ門益宗に三千の兵
を与へ手勢と共に三千五百人三月ともつなを解き大洋(おほうみ)【?】
を押渡り直に琉球運天の湊につき一挙にして攻上る
国人防禦の術を廻ら【尽盡ヵ】すといへども其鋭鋒に当りがたく
殊に鉄炮に駭きおそれ終に軍敗れて国王尚寧軍
門に降る爰において琉球三山諸島を平定し六月
尚寧王を携て凱陣す此時琉球玉永々【?】家久に揚【?】
はる印章を下し援け玉ふ翌十五年庚戌八月家久尚
寧を率て駿府江戸に来り方物を献し怠貢の罪
を請ふ是東迁以後琉球来聘の始にして已後使を
献じ慶を賀し恩を謝する事連緜として絶えす朝
貢再び旧に復すといふべし寛永七年庚午十一月尚豊
王賀慶正使佐敷王子恩謝正使金武王子をして方物を
献ず此時 御上洛ありし故京都二条にて拝礼す江戸
に来らず寛永廿一年甲申六月尚賢賀慶正使金
武王子恩謝正使国頭王子をして方物を献す
慶安二年己丑九月尚質王恩謝正使具志川
王子をして方物を献す又日光山を拝礼す承応
二年癸巳九月尚質王賀慶正使国頭王子をし
て方物を献ず寛文十一辛亥七月尚貞王恩謝正
使金武王子をして方物を献ず又日光山を拝礼す
天和二年壬戌十一月尚貞王賀慶正使名護王子
をして方物を献す宝永七年庚寅十一月尚益王賀
慶正使美里王子恩謝正使豊見城王子をして方物
を献正徳四年甲午十二月尚敬王賀慶正使與那城王子
恩謝正使金武王子をして方物を献す享保三年戊戌
年十一月尚敬王賀慶正使越来王子をして方物を献
寛延元年戊辰十一月尚敬王賀慶正使具志川王子をして
方物を献す宝暦二年壬申十二月尚穆王恩謝正使今帰仁
王子をして方物を献す明和元年甲申十一月尚穆王賀慶
正使読谷山王子をして方物を献す寛政二年庚戌十二
尚穆王賀慶正使宜湾王子をして方物を献ず同八年丙戌【丙辰の誤り】