翻刻
【右丁】
唐人も
みたがる雪(ゆき)の
綿(わた)ぼうし
【右下】
佐野(さの)の雪(ゆき)
その夜(よ)雨(あめ)だと
大(おほ)さわぎ【注④】
【左下】
身(み)が大事(だいじ)
さやを廻(まわつ)て
国(くに)えゆき【注⑤】
【左丁】
生薪(なままき)の
煙(けむ)も
御製(ぎよせい)【注②】
の
うち
にいり
【左側上下の順】
忠度(たゞのり)は
木賃(きちん)
も
出(だ)さず
宿(やど)を
かり【注③】
名代(みやうだい)を
取(とつ)た
気(き)で寝(ね)る
柳下恵(りうかけい)【注①】
【注①:中国、周代の魯の賢者。本名、展禽。字は季。柳下に住み、恵と諡されたことによる名。魯の大夫・裁判官となり、直道を守って君に仕えたことで知られる=コトバンク】
【注② この「御製」とは、仁徳天皇の「高き屋にのぼりて見ればけむり立つ 民のかまどはにぎはひにけり」の歌をさしていると思われる。】
【注③ 平忠度が都落ちのとちゅうに詠んだ「行(ゆき)くれて木(こ)の下かげをやどとせば花やこよひのあるじならまし」を受けた句だと思われる。】
【注④ 謡曲「鉢木」の佐野源左衛門尉常世の話で発端は雪が降ったことと関係することに由来? 又は 藤原定家の「駒とめて袖打ち払ふ影もなし佐野の渡りの雪の夕暮れ」のパロディ?】
【注⑤ 東海道の宮宿から桑名宿への道のりを、危険な「七里の渡し」(海路)を避けて、安全な「佐屋街道」(陸路)で「佐屋」へ廻り「三里の渡し」(川路)を使ったことを言う。似たものに、宗長の「もののふの矢橋の船は速けれど急がば回れ瀬田の長橋」があり】