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コレクション: コレクション3

BnF. Département des manuscrits. Japonais 5631 (3) - 翻刻

BnF. Département des manuscrits. Japonais 5631 (3) - ページ 29

ページ: 29

翻刻

スルハ一千八百五十五年ノヿニシテ「コンスタ ンチーン」ノ兵馬ノ支配ヲ兼ヌ「佛郎西」國ニ呼返 サレシヨリ間モ無ク親兵一分隊ノ指揮官ヲ命 セラレ四十年閒其職ヲ勤ムベキ旨ヲ命ゼラル ○一千八百六十年ニ於テ「佛郎西英吉利」両國ト 連合シテ兵ヲ出シ「支那」國ヲ征スルニ方リ「パリ カオ」モ其役ニ與カリ「コムマンドル、オブ、チーフ」 ノ職ヲ命ゼラル此時其挙動迅速ニシテ且ツ成 効多キヲ以テ稱セラレタリ○「ヘーホ」河口ニア ル所ノ「タク」ノ城砦ヲ抜クニ方リ太ダ苦戦シテ

現代語訳

したのは1855年のことで、「コンスタンティーヌ」の兵馬の支配を兼ねた。「フランス」国に呼び戻されてから間もなく、親衛兵一分隊の指揮官を命ぜられ、40年間その職を務めるべき旨を命ぜられた。○1860年において「フランス・イギリス」両国と連合して兵を出し、「中国」国を征するに当たり、「パリカオ」もその役に与かり、「コマンダー・オブ・チーフ」の職を命ぜられた。この時その挙動は迅速であり、かつ成果多きを以て称せられた。○「ペーホ」河口にある所の「タク」の城砦を攻略するに当たり、大いに苦戦して