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コレクション: STAGE5

風俗畫報臨時増刊第百九十七号 明治三十二年諸國災害圖會 - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百九十七号 明治三十二年諸國災害圖會 - ページ 16

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【上段】 喜びて祝杯を挙げ。且つ率先して板囲(いたがこひ)をなし。将(まさ)に営業を開(くわい) 始(し)せむとするを以て。災民激怒(さいみんげきど)して此に至りしなりと。火災の 畏るべきは此の一事を以て證すべし。東折して千秋橋(せんしうばし)に至れは 焼原|荒漠惨状(かうばくさんじやう)言語に尽(つく)し難し。橋側に派出所あり家具の累積(るゐせき) するを見る。少娘老媼(せうぢやうらうあう)来りて。自己の家財を尋ね。警官親しく 斡旋(あつせん)の労(らう)を執る。木材を運ぶ車。焼土を擔(にな)ふ人夫。電柱を樹る 工夫。商職人の往来織るが如く甚。だ雑沓(ざつとう)を極む。河岸に沿て鶴 の橋を渡り扇町に至り。罹災の知己を訪ひ。亀の橋を経て元町に 赴き返りて西の橋に出で居留地を廻(めぐ)り海岸通りを日本|波止場(はとば)に 来たりて小憩し。転じて避難所(ひなんしよ)横浜学校を見る。災民漸く去て止 まる者十有余人甚だ静謐なり。夫より弁天通(んてんとう)りを経て吉田橋に 出で。再び焼失地を一周し福富町に至れば、宏大なる福富郵便 電信支局は焼亡して余す処煉瓦の外郭のみ局前に掲示あり。  郵便物焼失せず当分の内桜木支局内に於て事務取扱候事 柳町に来れば。何(いづ)れの呉服商にや。反物数十種累積して両端の 燃焼(ねんせう)するあり。路傍に莚(むしろ)或は戸板抔を併べ夕飯を喫する者あり 顔色憔悴(がんしよくせうすゐ)して。困憊(こんぱい)の状一目瞭然(れうぜん)たり。柳橋を渡り大江橋(おほゑばし)を経 て停車場に至り。午後七時三十五分発車に乗じ帰京す。乗客群 参して容易に乗るへからず。僅かに群集を排して座席を得たり 新橋にて下車し。袂別(けつべつ)して帰宅す。以上は予が見聞せし実況を 掲るのみ其詳細の事項は前項に記載せり。 【縦区分線】 ●富山市の大火  ●出火の状況 明治三十二年八月十二日は富山市に取りて如何なる厄日なりし ぞ、午前零時といふに、市の南端中野口より火焔を揚げ吹き凄 【下段】 みたる南風に、焔烟は忽地全市を掩ひ、殆んど火元の何方に あるやを知るに苦しましめたり。警鐘の音さへも物に触るゝ風 声の烈しかりし為めに。十分には聴き取れず、市民は何れも満 市灰燼の惨事を期し、若幼(ちうえう)の避難、貨物の搬出に各個(かくこ)の力を尽 し、敢て猛烈なる火勢に敵(てき)すべくも見えず、警察消防の力も其 甲斐(かひ)なく、火焔は見る〳〵北進して破竹(はちく)の如く、飛火は処々に 火の手を挙げたれば、人をして応援の暇あらしめず、遂に凡そ 五千余戸の類焼に及ひたり。 ▲火元 本市中野新町桑田安佐衛門とて、石油卸小売商の家に して、失火時刻は午前零時三十分なりき。 ▲出火の原因 火元桑田安佐衛門方に於て、家人に死亡者(しぼうしや)あり けるが、同夜入棺を為(な)したる後、其の用に供せし蝋燭火を石油 鑵に落(おと)したるが原因にて、同家は石油の卸及小売商なれば、一 鑵の石油は忽ち数鑵に燃移(もえうつ)り、見る間(ま)に大火(たいくわ)に至らしめしもの なり。 ▲第一の火の手 中野新町にて発(はつ)したる火の第一手は、左方中 野新町を限りとし、右手防火線を限りとして、一直線に北進 し、忽ち二番町大島屋の角(かど)より東西本願寺別院の中間(ちうかん)を境界と して、桜木町に突入(とつにう)し、同廓一丁目及ひ二丁目三丁目を焼払(やきはら)へ り。 ▲飛火 是より先(さ)き第一の火の手が、中野新町を下(くだ)るや、飛火 は木町に落(お)ちて、恰(あた)かも先鋒隊の姿(すがた)をなしつゝ、先づ桜木町に 突進し、同廓の二丁目を焼(や)き払(はら)へり。 ▲第二の火の手 第一の火の手は、中野新町の電燈会社にて止 り、同会社の建物を全焼(ぜんせう)したる余勇を皷して、山王町なる県庁 に移(うつ)りたるが、第一の火の手か桜木町に入るまで、準備成らざ りし消防組は、此時漸く出揃(でそろ)ひしを、警察官等如何に指揮(しき)しけ