翻刻
【上段】
次第に紅色(こうしよく)を呈し来る。遠(とほ)き者は暁天(げうてん)と思ひ誤りしもの多かり
しが。近き者は其|火災(くわさい)たるを知れども。自家危急(じかきゝう)に瀕(ひん)して。他
を救(すく)ふの暇(いとま)なく。見す〳〵|類焼(すいせう)三十余棟に及ばしめたるは。本
村中名賽浜となん云へる一部落なりき。翌十五日午前二時三十
分頃に至り。風漸(かぜやうや)く鎮(しづ)まりしが。全村(ぜんそん)の倒家六百以上に上り。
其倒(そのたほ)れざる者も。戸障子を失(うしな)ひ畳(たゝみ)を浸し。其の惨状実に見るに
忍びず。圧死(あつし)七名。牛馬の斃死(へいし)八九頭。其の他農作物破損船
等の損害を挙くれは実に六七万円以上の額に上るべしと云へ
り。
▲川辺郡川辺村 全倒(せんたう)八十六戸|半倒(はんたう)二十八、馬小屋物置(うまごやものおき)の倒た
るは五十四なりと云へり。
▲同郡東加世田村 は被害(ひがい)多く。家屋全倒(かおくぜんたう)五十にして半倒大破
無数なり。圧死男女各一人|宛(づゝ)と馬一|頭(とう)なり。漁船(ぎよせん)の破壊せしも
の十余艘にして流失したるも多からん。
▲同郡東南方村 圧死三人負傷三人馬の圧死(あつし)四|頭負傷(とうふしやう)三頭、家
屋全倒二十|半倒(はんたう)三十五、小屋馬小屋全倒五十五水稲三歩、陸稲
四歩|粟(あは)四歩の損害(そんがい)と云へば。想像(そうぞう)よりも被害尠し。
▲同郡知覧村 正確(せいかく)には知れざるも概調査(がいてうさ)にて圧死七人倒家千
四五棟以上なるべしと云ふ以て同地方の風力の猛烈なりしを知
るべし。
▲出水郡 概(がい)して薩摩郡(さつまぐん)より被害尠なく。正確(せいかく)なる調査は遂げ
ざりしも圧死(あつし)一人|家畜圧死(かちくあつし)四頭、倒家二百十戸内外大破五六十
戸道路農作物等さしたる損害なし。
▲伊佐郡大口村の暴風 十四日正午迄は一点の雲なく青天なり
しに夕景(ゆうけい)より俄然(がぜん)として暗く。何となく恐(おそ)ろしく見へ今にも
大雨降(だいうふ)らんずる模様にて。干物(ほしもの)を取入るゝなど混雑(こんざつ)せしも。夜
に入りて再ひ晴天(せいてん)となり。何の異象(いしやう)もなかりしに斯は幵も如何
【下段】
に。天候は激変(げきへん)し。十一時ごろに至り満空|驀然灰白色(ばくぜんくわいはくしよく)となり。
暴風雨襲ひ来りて。十五日午前一時前後には。勢凄(いきほひすさ)ましく。中
々の騒動(そうどう)なりしも。風の中心点(ちうしんてん)を逸したる訳(わけ)にや。倒家怪我人等
のなかりしは。何よりの仕合せなりし。但大口村字里の麓に住
せる藺牟田某の牡馬一頭は厩(うまや)倒れし為めに圧死せり。煙草作(たばこさく)に
は少からざる損害(そんがい)ありしかど。稲粟等(いねあわとう)は格別(かくべつ)のことなかりし。
菓物類野菜類(くだものるいやさいるい)も著(いちしる)しき損害はなき模様、大口警察署の付近の
危(あやう)き家に住する者は。多く同署(どうしよ)に駆込(かけこ)みて難を避けたり。
●伊佐郡役所 屋根所々吹(やねしよ〳〵ふ)き飛ばされ後方(こうほう)の板塀(いたべい)十間余破壊せ
り。
●罹災者の救護
●御救恤 八月十四日鹿児島県下に非常(ひじやう)なる暴風雨ありて被害(ひがい)
尠(すくな)からざる趣憫然(おもむきびんぜん)に思召され 両陛下より御救恤(ごきうじゆつ)として金九
千円下賜あらせられたり。
⦿侍従派遣 侍従子爵東園基愛氏は八月二十五日鹿児島県へ差(さ)
遣(けん)せられぬ。
●救助米 暴風(ぼうふう)ありし翌日市長助役孰れも出でゝ|罹災者(りさいしや)の巡視
救恤に忙はしく、西千石町枝元、塩屋(しほや)村下村、柳町相良、住吉
街藤安其他に於て炊出(たきだし)を為し施与(せよ)したるが、十五日の焚出米は
五石七斗六升五合にて給助(きうじよ)を受けし戸数(こすう)九百五十一戸、此人員
三千四百五十九人なりしと。
●罹災民へ施米 生陽館主祁答院氏は今回の暴風(ぼうふう)にて家屋倒潰(かおくとうくわい)
し、惨状を極め居る者の状態(じやうたい)を見兼ね、千余戸へ、一戸に付白
米一升五合宛を施与(せよ)すると為し、市役所に托して、其の證券
を配(くば)り、易居町同館に於て、右の證券引替(しやうけんひきかへ)に施米を付与したり
し由。
▲湯屋の奇特 西千石町の湯屋(ゆや)崎元タネ方にては、暴風(ぼうふう)の後と
【左に五枚の挿画、それぞれに標題】
【右傍】
揖宿郡村落出火の図 警官避病院の患者を救護するの図
【上部、右から左に横書き】
姶良郡堤防破壊の図
【左傍】
暴風の夜車夫橋上より吹落さるの図 鹿田