翻刻
よし黒嶺山は東原此村の領也白米坂とて面
白き所あり又光性寺とて真言宗有昔は行基
菩薩の開基にて七堂伽藍の大寺にて今も作
仏多し門前の田中に白比丘尼の絢(ヒルケ)の箸をさし
てありし大木の杉有枝葉異なる木也能登の
一本杉といへり又辛鮭の宮とて有三ヶ村の惣社也
別当光性寺神主水嶋氏也此宮を辛鮭の宮と
いふ事は昔此里人辛鮭を拾ふ何といふものにや
しらす幸に氏宮の神躰にせしに此辛鮭いろ〳〵
怪異をなして後には人を取喰ふ也行基菩薩此怪
略を退散有て又泰澄大師ともいへり大穴持の命
を勧受ありて今一宮大明神といふ也三輪の御
神御同なれは
三輪ならて爰にもありや一本の
杉のみとりのしるしさかへけ
又蟹寺とて有法成山永禅寺といふ此寺昔は■院
也しか妖怪の為に住持を取殺す事久し依之住
職する人もなきあき寺となりしに貞和年中のころ