能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 12

ページ: 12

翻刻

よし黒嶺山は東原此村の領也白米坂とて面 白き所あり又光性寺とて真言宗有昔は行基 菩薩の開基にて七堂伽藍の大寺にて今も作 仏多し門前の田中に白比丘尼の絢(ヒルケ)の箸をさし てありし大木の杉有枝葉異なる木也能登の 一本杉といへり又辛鮭の宮とて有三ヶ村の惣社也 別当光性寺神主水嶋氏也此宮を辛鮭の宮と いふ事は昔此里人辛鮭を拾ふ何といふものにや しらす幸に氏宮の神躰にせしに此辛鮭いろ〳〵 怪異をなして後には人を取喰ふ也行基菩薩此怪 略を退散有て又泰澄大師ともいへり大穴持の命 を勧受ありて今一宮大明神といふ也三輪の御 神御同なれは    三輪ならて爰にもありや一本の     杉のみとりのしるしさかへけ 又蟹寺とて有法成山永禅寺といふ此寺昔は■院 也しか妖怪の為に住持を取殺す事久し依之住 職する人もなきあき寺となりしに貞和年中のころ