翻刻
同国酒井の永光寺宝山和尚ノ御弟子げ月庵(ケツアン)禅師行脚
の時此寺に来て客殿に終夜座禅してお□しに
丑満の頃■動して眼日月のことく成恐敷ものあ
らわれ出て禅師暫まつた問事ありや彼者曰四足八
足大足二足右行座行眼天に有といふ禅師汝は蟹にて
ありやとて払□を持て打給へは忽ち消て失にけり
夜明て里人来て見れは禅師の無恙き事不思議
に思ひ事の様子を尋見るに後の山に千尋深き池
あり其水面に幾年経るともしらぬ壱丈余りの蟹
の甲八ッに破れ死して浮み居けり其後は妖怪なし
則月庵禅師を開山として二世天桎和尚三世北海和尚
の木像開山堂に安置あり又蟹の住し池の跡後の山に
あり又此月庵和尚は俗性は曽我家にて到て美僧
なりといへり今も曽我永禅寺といふ昔は大寺にて其
時の寺代官の筋とて前家と云百姓あり此寺の縁起
に委しくあり
蟹寺の謂れを聞も今更に
猶仰かるゝ法の力は