翻刻
役有同村に栃ヶ平の六兵衛とて古き者あり栃ヶ
平六兵衛堂ヶ谷次郎兵衛鵜島の三右衛門とて三人一枚に
七石五斗の利家公の御墨付戴きあり又是より
鵜飼川縁のほとりに往来あり善野泥木といふ
を経て町野の郷へ出る道有泥木越といふ
たはこ火をからぬと立寄れは
軒の妻に人待顔のさくらかな
又千とりの城とて廓跡あり法住寺の領にて
鵜飼村の辺也吼木山衆徒の取出の由鎌倉実記
抔に木曽の弟子吼木山衆徒有其律師の居城共
いへり辺に三ッ寺とて今基原になり寺跡有吼木山
坊三ヶ寺ありといへ共妙金の宮とて山王宮あり是は
今も吼木山支配也又鵜嶋村境の山の尾に昔松波
常陸介帰依ありし薬師あり其頃は薬師寺とて
坊有し也今地名のみ残れり本尊は金峰寺に
安置有又鵜嶋三ヶとて浦伝へ有黒丸村鵜嶋村
宗玄村也下りには松波村よりこの此三ヶにて馬次也
杢波より鵜しま迄弐十四町本馬三拾壱文軽尻