能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 23

ページ: 23

翻刻

十九文人足九文鵜嶋より飯田まて弐里半本馬八十 文軽尻四拾五文人足廿弐文也鵜嶋三ヶにて家三 百軒余有村の長さ弐十丁余あり此辺ゟ三崎迄を 長浜の浦といふて塩多出来あり風景類ひなし 万葉の歌に    鈴の海に朝ひらきして漕来れは     長浜の浦に着てけるかな 黒丸村氏神は八幡宮なり社地広し境内に古塚有 是は此村に横浜の三右衛門とて此辺の郷士の筋 の者あり性は源家に多田蔵人といひしとて此辺を 多田の郷といふよし氏神正八幡を勧請せし此者 先祖の夫婦の塚といへり此者方にて鎌倉の最明 寺時頼卿年を取給へり其時下されしとて俊成卿の 千載集其外扇子抔持伝へり又内並□左衛門とて中頃の 郷士ありとて館跡あり其筋目の者とて八人百姓に有 館の辺に若王子の宮有近頃迄内並寺とて寺ありし よし又黒丸市兵衛とて大百姓有昔は山廻役勤之古き 百姓也此者有ゆへに黒丸の名あり類家に黒丸藤兵衛とて