能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 25

ページ: 25

翻刻

昔遥の山を越て往来せしを御郡奉行に黒川五左衛門と いひし人此所を切抜往来安くありし也是迄は忠の 郷也是を境として木郎の郷恋路村也      此切通しを廻る時風与吉野川岩切通ふ      し行水の音にはたてし恋はす■■なと      いふたことを思ひ出しふし    冷敷きはいつの恋路や切通し 誠に此恋路村名にめてゝ風景類ひなし沖に弁才 天の小嶌あり菱尾波とて礒に菱形に浪寄する也 又左右の岩組岩根の塩かまの躰言語にも絶したる所 なりし其此恋路村に物語り有いつの頃にや有けん多田の 里に女あり茂九郎の里に男ありて夜々行通ひけん 其頃は道も砠敷なれは磯伝へなる浅瀬をたとりける に月なき夜は女岩の端に篝火を焼て待しとなん 又男ありて我恋の仇なるを恨み有夜女をいましめ 篝火の所をかへて焼置けんやさ男此事をしらす渡 せしに磯の深みへ沈み死しけりとなん女も此事を 聞つゝ又身をなけ死せしより恋路村の名ありと