能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 5

ページ: 5

翻刻

本地虚空蔵菩薩也此三ヶ所の宮森は地より浮み出しとて 天神の宮を中にして左右間尺高さ廻り少しも違 わす廻り田地にて平地なり不思義の宮森也又伏見村に 伏見川とて有源は山中村より流て余程水有又雲津 村は南北へ壱里指出る所にて雲津端とて左右の浦を 見渡し向には越中立山抔弐拾余海上ありといへ共手の とゝく程に見へ絶景至極にて名所記にも有雲津 の里とは此所なり古哥に    雲津の里須津めくりする越船の  仲家朝臣    沖こきさかるほの〳〵に見ゆ 此雲津村昔は此辺の津にて数千軒有し所也しにある 時猩々といふもの海よりあかり遊ひしを殺せし其 むくひにて津波ありて人家不残退破せし也今の 村は其時教院泰澄大師開基の大寺有し門前に五六 軒有しか又〳〵一村となりしといへり其寺跡地名に 寺の前大門塔の上不動坂阿弥陀の池上の六坊下の 六坊抔とてあり今も礎等ありて動す事なら す穿□忽ちたゝり有氏宮白山宮は其時ゟの社にて