翻刻
本地虚空蔵菩薩也此三ヶ所の宮森は地より浮み出しとて
天神の宮を中にして左右間尺高さ廻り少しも違
わす廻り田地にて平地なり不思義の宮森也又伏見村に
伏見川とて有源は山中村より流て余程水有又雲津
村は南北へ壱里指出る所にて雲津端とて左右の浦を
見渡し向には越中立山抔弐拾余海上ありといへ共手の
とゝく程に見へ絶景至極にて名所記にも有雲津
の里とは此所なり古哥に
雲津の里須津めくりする越船の 仲家朝臣
沖こきさかるほの〳〵に見ゆ
此雲津村昔は此辺の津にて数千軒有し所也しにある
時猩々といふもの海よりあかり遊ひしを殺せし其
むくひにて津波ありて人家不残退破せし也今の
村は其時教院泰澄大師開基の大寺有し門前に五六
軒有しか又〳〵一村となりしといへり其寺跡地名に
寺の前大門塔の上不動坂阿弥陀の池上の六坊下の
六坊抔とてあり今も礎等ありて動す事なら
す穿□忽ちたゝり有氏宮白山宮は其時ゟの社にて