翻刻
昔は大社にて百姓に神主鍵主抔とてあり此宮森は
高き所の崎にあれは跡方も見ゆる也又木の下とて
古き百姓あり数千年の者にて藤原氏小林性の由
利家公の絵像伝へり又は日本往生伝にあり鞍見の里
唯信の母木の下氏とは此家のこと也又蛸嶋境に
鉢ヶ崎とて□不思義の塚有是は泰澄大師の鉢の
子を納し塚也依て鉢ヶ崎といへり又蛸嶋村は雲津
より廿町有家数は四百軒有近郷の猟場にて四十
物其外問屋あり繁昌也川端とて山廻役あり其外
能き身上の者有昔此沖に大成蛸あり船中又は近郷
の人を取此山の山神と戦ひ終には山神平け給ふゟ
今氏宮山王権現是也其大蛸化して嶋となり今弁才
天の宮あり□磯三口町に有蛸嶋の名あり
黄昏に宿をもとめんと
夕きりやともしひ細き延■か軒
又正院へは拾町余有間に正院川尻村とてあり稲山の
要害とて城跡あり城主温井兵庫とて畠山の家臣
にて越後の勢と戦ひ落城ありし也今氏神稲荷