翻刻
時兵火の為に退転の由鵜川天満宮は暫く此宮に移
奉りし由今の御気の御旅所也後の高岑を善光寺
といへり此廉下に道幣の宮とてあり御神躰猿田彦
命にて中絶有を近年不思義の告度々有て再
興ありし也其外日宮とて有小垣村の山王谷屋村の
高取の宮抔とて何れも霊社也
波並より壱里拾六町本馬六拾九文軽
鵜川 尻四十壱文人足弐十文家数弐百軒斗
町作りて能き村也
則町中へ鵜川とて流て往来に長拾五間の植橋有
此川は山田の郷龍村山より流て湊迄三里余あり余
程の船出入して商家猟師あり繁昌也十村役有多
田氏也しか今中絶して北村氏勤役あり日比氏に反
魂丹の名薬あり鍛冶屋浜屋抔とて船問屋有氏神
天満宮は大社にて神主梅田氏也毎歳十月七日は八講
会近里六ヶ村に十二名の当屋あり供物御鏡餅
を備ふ也祭礼の日十二名連座に拝座す時谷屋
村の藤八といふ者上座する也扨鵜川村に伝兵衛と