能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 50

ページ: 50

翻刻

時兵火の為に退転の由鵜川天満宮は暫く此宮に移 奉りし由今の御気の御旅所也後の高岑を善光寺 といへり此廉下に道幣の宮とてあり御神躰猿田彦 命にて中絶有を近年不思義の告度々有て再 興ありし也其外日宮とて有小垣村の山王谷屋村の 高取の宮抔とて何れも霊社也       波並より壱里拾六町本馬六拾九文軽   鵜川  尻四十壱文人足弐十文家数弐百軒斗       町作りて能き村也 則町中へ鵜川とて流て往来に長拾五間の植橋有 此川は山田の郷龍村山より流て湊迄三里余あり余 程の船出入して商家猟師あり繁昌也十村役有多 田氏也しか今中絶して北村氏勤役あり日比氏に反 魂丹の名薬あり鍛冶屋浜屋抔とて船問屋有氏神 天満宮は大社にて神主梅田氏也毎歳十月七日は八講 会近里六ヶ村に十二名の当屋あり供物御鏡餅 を備ふ也祭礼の日十二名連座に拝座す時谷屋 村の藤八といふ者上座する也扨鵜川村に伝兵衛と