能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 51

ページ: 51

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て有此者の方へ七度使者を遣す也八座めに使に伝 兵衛出合也是を七度半の使といふ夫ゟ伝兵衛拝敷の 正面に座し神主中神楽有祈念済て御鏡餅の 大なるを持出して当屋の者翌年の当屋へ渡す時 伝兵衛を初て例年ゟ御鏡餅悪敷とていとる事則 二時はかりにして漸々■入にて小餅とて小き餅 弐三十添える也夫ゟ神酒を祝う也是を鵜川の餅 祭といへり此謂は其昔七海村の礒寄地といふへ御神 躰寄給ふ鵜川村伝兵衛は其比代官職に告ありて 桜木の宮へ移し奉る又翌年十月七日鵜川の嬬婆々 に告有て今の社地え移奉る其婆々居し所を今 誤りて馬場といふ又連光寺とて浄土真宗有蓮如 上人の大難の名号とてあり同宗宝蔵寺は大寺也 昔は散院にて此谷内に有りしとて什宝あり又□光 寺とて法花宗有此寺の後に城跡あり藤岡平右衛門 尉といひし者住めるよし此高に丸山とて風景の 山有此鵜川を祭礼は山田の郷とて廿五ヶ村あり 此鵜川にかきり■を釣る外になき事也