能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 54

ページ: 54

翻刻

あり亀形の山也色々の物語有略す又龍村は鵜川々の 上三里にありて此奥山ゟ流出して一ノ瀧二ノ瀧とて二ッ有 昔此瀧に大蛇(ヲロチ)住て人を取喰ふ大穴抔命是を退 治ありて其霊を龍大明神と申して此瀧の本に社 あり此所の氏神也毎歳十一月廿八日祭礼にて此瀧坪に 俎(マナ)板石とて有此石上に鮭の魚二尾おのつから上りて 死して浮々流るゝ也是を取て咋へは癗(ライ)病に成 とて人恐れてくわす是昔の人御供の代りの生贄 なりといへり此村の内に暮の谷内とて此大地の尾に 釼ありて雨雲覆ひ重ていつもくらかりゆへの名 也則村雲の釼なりといへり其時の渕の跡とて今沼に なりて有其大地の骨とて今八田村禅宗龍河山洞雲 寺にあり此謂にては盞嶋命(ソサノヲノミコト)の退散ありし山田の大地 に似たりいかにや此国諸国にて にてかゝる旧跡所にあり又木住村に八郎左衛門とて利家 公御扶持頂戴の山廻り役有新田氏にて義貞の子孫 也尤炭を焼くこと家伝也御上へあくるなり 又鵜川村ゟ中居甲村抔へ行は礒伝往来あり拾丁